1535年7月4週目。南伊予で状況確認。一条家は戦う模様。兵8500。どっしり構えて継ぎ目を狙う。夜寝かせない。炊き出しを大量にする。
数日後、八郎は一万一千五百の兵を率い、南予の上陸拠点まで戻ってきた。
九州からの船が着く港を中心に、市、倉、炊き出し場、簡易の湯浴み場が並んでいる。
以前は四国攻略の足場にすぎなかった場所が、今では伊予と九州を結ぶ大きな拠点になりつつあった。
「土佐一条家の動きを教えてください」
陣屋へ入った八郎が尋ねると、先に土佐方面を探っていた者が絵図を広げた。
「土佐一条家は、こちらへ従うつもりはないようでございます」
「やはり、戦う方を選ばれましたか」
「はい。一条家が農民兵を含めて六千ほど。さらに土佐中央部の国人衆、
長宗我部家などから二千五百ほどが加わり、合わせて八千五百ほどになる見込みです」
「もう兵は集まり始めております」
一条家は、八郎軍が伊予を押さえたことへ強い危機感を持っていた。
南予から土佐へ入られれば、次に狙われるのは自分たちである。
それならば、八郎軍が土佐へ深く入る前に、国人衆を集めて迎え撃つ。
そのように決めたらしい。
「相手が八千五百。こちらが一万一千五百ですか」
八郎はしばらく絵図を見た後、静かにうなずいた。
「それならば、戦いましょう」
「こちらから一気に攻め込みますか」
「いえ。じわじわ行きます」
八郎は、一条軍が進んでくると見られる街道を指した。
「今回は、兵を失わないことだけを考えるのではありません。敵の攻撃をきちんと受け、
陣の継ぎ目を見つけ、その部分だけを削ります」
「敵全体を一度に崩す必要はないと」
「はい。向こうは一条家の兵、農民兵、長宗我部を含む国人衆の兵が合わさった軍です」
家ごとに指揮する者が異なる。
旗も違えば、命令の出し方も違う。
前へ出たい者と、できるだけ戦いたくない者も混じっている。
「必ず、部隊と部隊の間に継ぎ目ができます」
そこへ島津勢を短時間だけ突っ込ませる。
農民兵が崩れて逃げ始めたら、深追いはせず、敵の陣を割ることを優先する。
「一回で勝とうとしなくて構いません。百人、二百人と、毎日少しずつ減らしていきましょう」
「相手にとっては、ずいぶん嫌な戦ですな」
「こちらには時間がありますからね」
八郎軍の後ろには、伊予で立ち上げた多数の市がある。
九州からも、米、味噌、焼酎、薬が船で運ばれてくる。
「僕たちは、兵糧が足りなくなれば市から買えばよいです」
一方、一条軍は農民や周辺国人衆から兵糧を集めなければならない。
そこで八郎軍は、進んだ先の村々で大量の炊き出しを行うことにした。
「米、野菜、薪は、必要なら普段の三倍で買ってください」
「また農民を、敵方の兵糧運びから引き離すのでございますな」
「はい。一条軍へ米を出すより、こちらへ売った方が得だと思っていただきます」
兵として集められた農民にも、武器を捨てれば飯を与える。
村へ戻った後も、炊き出しと市が待っている。
「逃げた先に飯があれば、もう一度一条軍へ戻ろうとは思いにくいでしょう」
「なるほど。兵を散らし、そのまま村へ吸収するわけですな」
夜も、敵を休ませるつもりはなかった。
「兵は七対三で分けます」
昼は七割を使い、相手の進軍を受け止める。
夜は三割を細かな隊に分け、太鼓や声で敵陣を騒がせる。
火矢を放つ。
荷駄や兵糧の置き場所を探る。
見張りの薄い場所へ近づいては、矢を数本放って引く。
「夜襲で敵陣をすべて壊す必要はありません」
「眠らせず、疲れさせるだけでよいと」
「はい。兵糧を見つけたら、運べるものは回収し、無理なら焼いてください」
「きれいな戦い方ではありませんな」
「戦そのものが、あまりきれいなものではありませんからね」
八郎は平然と答えた。
「できるだけ人が死なず、こちらの陣が崩れない方法を選びます」
一条軍に、後から大きな援軍が加わる可能性は低かった。
土佐の主だった勢力は、すでに八千五百の軍へ参加している。
「今、盤上に出ている駒が、ほぼすべてです」
兵が減っても、畑から新しい兵が次々と生えてくるわけではない。
八千五百を八千にする。
八千を七千にする。
そこから六千、五千と減らしていけばよい。
「五歳児にしては、ずいぶん腰の据わった戦を考えられますな」
島津忠良が感心したように言った。
「今回は、こちらの方が人数も兵糧も上ですからね」
八郎は少し胸を張った。
「王者の戦いをすればよいのです」
「王者の戦い、でございますか」
「無理に奇策を使わず、受けるところは受ける。敵が疲れたら押す。崩れたら削る。
それを繰り返します」
「五歳児から王者の風格という言葉が出るとは思いませんでしたな」
「こちらから攻める段になれば、殿様らしく戦いますよ」
周囲から笑いが起こった。
「ただし、怖いのは奇襲と、こちらの陣が崩れることです」
人数が多くても、兵が一方向へ集中し、側面を突かれれば崩れる。
そこで、八郎軍と島津勢の前後を交代させることにした。
「八郎軍が受け止めている間に、島津勢が休む」
「島津勢が押している間に、八郎軍が陣を整える」
「はい。攻めと守りをきれいに入れ替えてください」
敵の部隊同士に継ぎ目が見えた時だけ、島津勢が短く強く突く。
農民兵が散れば追わない。
次の隊列が出てくる前に、こちらも深追いせず戻る。
「うちの得意とするところですな」
忠良が楽しそうに笑った。
「一度の突撃で全部を取れと言われるより、よほど動きやすい」
「よろしくお願いします。ただし、勝手に奥まで行かないでください」
「信用がないですな」
「信用しているから、念を押しております」
八郎軍は、南予から土佐へ向けて動き始めた。
前には盾と槍を持つ兵。
後ろには、大量の米と鍋を積んだ荷駄。
進んだ村では飯を炊き、農民から兵糧を買い取る。
敵が攻めてくれば受け止める。
継ぎ目ができれば島津勢が突き、農民兵を散らす。
そして散った者が村へ戻れば、そこには八郎軍の炊き出しが待っている。
「一度逃げて、飯まで食べた者は、なかなか戦場へ戻れませんな」
三郎が言うと、八郎はうなずいた。
「それでよいのです。敵兵を殺すより、戦う理由をなくしていただきましょう」
八郎軍一万一千五百と、一条・長宗我部を中心とする八千五百。
土佐を巡る戦いは、一度の激突で勝敗を決めるのではなく、飯と兵糧と疲労によって、
相手の軍を一日ずつ小さくする戦いとして始まろうとしていた。




