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1535年7月4週目。大内家の姫君が伊予へ上陸。挨拶と今後の工程について説明する八郎

七月四週目、河野家を傘下へ入れてから数日が過ぎた頃、大内家の姫君たちを乗せた船が

 伊予の港へ到着した。

 姫君だけではない。

 側仕えの女たち、護衛の侍、帳面を扱える家臣、商いに詳しい者まで含めた、

 かなり大きな一団である。

 港から旧河野家の城へ向かう道中、姫君たちは何度も足を止めた。

「こちらも八郎商会の市でございますか」

「はい。立ち上がってから、まだ十日ほどです」

「十日で、これほど人が集まるのですか」

 街道沿いには米や野菜、薪を持った農民が並び、港では魚や塩が次々と帳面へ記されている。

 寺の境内にも小さな市があり、僧侶と帳面役が、農民の持ってきた証文を照らし合わせていた。

 少し離れた場所では、大鍋から汁物の湯気が上がっている。

「勢いのある家というものは、やはり違いますね」

 姫君の一人が感嘆すると、案内役の三郎が笑った。

「伊予は、まだ始まったばかりです」

「これで始まったばかりなのですか」

「九州へ行けば、もっと大きな市がいくつもありますよ」

 姫君たちは、さらに驚いた。

「八郎家は、博多のような古くからの港を持って名を上げたわけではないのでしょう」

「はい。最初は握り飯と混ぜ飯です」

「それが、なぜこれほどに」

「それを見ていただくための遊学やと思います」

 やがて一行は河野城へ入り、八郎と夏姫の前へ通された。

「遠いところまで来ていただき、ありがとうございます」

 八郎は小さな体で丁寧に頭を下げた。

「本来であれば、九州でお迎えする予定だったのですが、僕が四国へ来てしまいましたので」

「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」

 大内家の姫君たちも頭を下げる。

 夏姫はその横で笑顔を見せた。

「船旅、お疲れになられたでしょう。まずはゆっくりお休みください」

「ありがとうございます。ですが、道中で見た市が気になってしまいまして」

「では、話が早いですね」

 八郎は嬉しそうにうなずいた。

「すぐに市を一人で立ち上げてくださいとは申しません。まずは夏姫様たちと一緒に動き、

 何をしているのか見てください」

 品を売る場所を作るだけなら、どの土地でもできる。

 八郎家の市で重要なのは、これまで値がつかなかった物に値をつけることだった。

 余った野菜。

 形の悪い魚。

 使い道の少なかった木材。

 捨てられていた骨や皮。

 村の中だけでは売れなかった布や細工物。

「一つの村では余る物でも、別の土地へ運べば必要とされる場合があります」

「その差を、商いにするのでございますか」

「はい。さらに、その代金の一部を借金返済へ回します」

 農民の生活費と次の作付けに必要な銭を残し、利息の高い証文や期限の近い証文から順番に消す。

「ですから、市を立ち上げるだけではないのです」

「農民の暮らしと、領地の借金を一緒に動かすのですね」

「その積み重ねが、八郎家が大きくなった理由の一つです」

 そこへ島津、大友、龍造寺などとの婚姻や交易が重なり、八郎家は急速に勢力を広げてきた。

「ただ、口で説明されても、すぐには頭へ入らないと思います」

 八郎はそう言って、茶を勧めた。

「今日はお茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう。明日から実際の市を見ていただければ十分です」

「夏姫様たちと同じ組へ入れていただけるのでしょうか」

「はい。何組かに分かれておりますので、順番に割り振ります」

 米や野菜を扱う組。

 港や船を見る組。

 寺社で証文を集める組。

 飯屋の味や量を確かめる組。

「全部を少しずつ経験していただくのがよいと思います」

「縁談についても、考えるようにと言われております」

 大内家の姫君が少し恥ずかしそうに言うと、八郎は兄たちへ目を向けた。

「その点も、ぜひ積極的にお願いします」

 広間の端にいた一郎から七郎までの兄たちが、一斉に顔を上げた。

「八郎」

「何でしょう」

「今、何をお願いした」

「気になる兄様がおられましたら、積極的に声をかけていただければと」

 兄たちの肩が、目に見えて跳ねた。

 大内家の姫君たちは、思わず笑いをこらえる。

「兄様方は、少し奥ゆかしいところがありますからね」

「奥ゆかしいんと違う。姫君が増えすぎて、どうしたらええか分からんのや」

「すでに妻や婚約者がおられる方も多いと聞いておりますが」

「はい。ですが、まだまだ良縁を募集中の兄様もおります」

「八郎、何ということを言うんや!」

 三郎が慌てて止めた。

「よいではありませんか。大内家との縁も深まります」

「お前に命じられて姫君を抱くように聞こえるやろ!」

 夏姫が涼しい顔で言った。

「八郎様の命令で、おなごを抱かれるのでございますね」

「違う! そういうのではない!」

「では、どのようなものなのですか」

「ちゃんと愛が欲しいんや。愛が!」

 三郎が必死に訴えると、大内家の姫君たちから笑い声が上がった。

「愛が生まれるように、まず同じ市で働いていただくのがよいですね」

 八郎がまとめる。

「お前が言うと、全部仕事の割り振りに聞こえるんや」

「実際、仕事の割り振りも必要ですから」

「やっぱりそうやないか!」

 にぎやかな顔合わせが終わると、八郎はこれからの予定を説明した。

「僕たちは、間もなく土佐へ向かいます」

「私たちも同行してよろしいのでしょうか」

「もちろんです。ただし、急いで軍だけを進めるつもりはありません」

 河野城から南伊予の港へ戻り、そこから土佐一条家の領地へ向かう。

 その道中でも、市、寺社、村を一つずつ見て回る。

「四国の南側は、九州との玄関口にもなります」

 港を整えれば、九州から米や焼酎、鍋、布を運べる。

 土佐からは魚、木材、紙の材料などを九州へ送ることができる。

「ゆっくり進みながら、市が立ち上がるところを見てください」

「戦へ向かいながら、遊学も行うのでございますね」

「八郎家では、戦と領地の立て直しを分けて考えておりませんから」

 夏姫が大内家の姫君たちへ笑いかけた。

「旦那様のそばにおりますと、毎日のように新しいことが始まります」

「ついていくのが大変そうですね」

「大変です。少し油断すると、本当に置いていかれます」

「置いていきませんよ」

「旦那様は、そう言いながら次の国へ進まれますから」

 八郎は困ったように笑った。

「では、今回は皆さん一緒に進みましょう」

 大内家の姫君たちは、伊予で立ち上がる市の勢いに驚き、八郎家の兄たちとの騒がしい

顔合わせを終えた。

 翌日からは夏姫たちの組へ加わり、帳面と相場表を持って市を回る。

 そして数日後には、土佐へ向かう軍勢とともに、四国南部へ進むことになる。

 友好の使者として。

 八郎家を見極める調査役として。

 そして自らの良縁を探すかもしれない一人の姫君として。

 彼女たちの遊学は、到着したその日から、想像していたよりもはるかに賑やかに始まったのであった。

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