1535年7月3週目。東伊予の市の立ち上げを国人衆も混ぜながら対応していく。土佐侵攻の前に自力で頑張ってもらうwww
七月三週目、八郎は東伊予の国人衆を順番に傘下へ入れながら、各地の市を立ち上げていった。
ただし、いつまでも東伊予だけに時間を使うわけにはいかない。
「土佐へ向けて軍勢を進める準備もございますので、こちらへ割けるのは一週間ほどですね」
「一週間で仕組みを置いていくのでございますか」
「全部を完成させるのは無理です。ですが、皆さんだけで続けられるところまでは持っていきましょう」
八郎一行は、馬や牛車を使い、時には小さな輿へ八郎を乗せながら、村や港を回った。
八郎自身が細かな帳面をすべて見るのではない。
新しく八郎家の傘下へ入った村では、まず大鍋を置き、握り飯や汁物を配った。
「今日から、こちらも八郎領の仲間でございます」
八郎が小さな手を上げる。
「米や魚、薪など、市で買い取ってほしい物があれば持ってきてください。よろしくお願いいたします」
「ほんまに五歳なんか」
「五歳です」
「この子が河野家を倒したんか」
「皆さんに手伝っていただいた結果です」
八郎は笑いながら、握り飯を渡していった。
場所によっては祝いとして餅も配る。
村人たちからすれば、九州から大軍を率いてきた恐ろしい当主というより、
飯を配りに来る小さな殿様だった。
「八郎様が来たぞ!」
「餅もあるらしいぞ!」
「借金の帳面も見てくれるんやと!」
八郎が人を集め、場を賑やかにする。
その後ろで、実際の仕組みを説明するのは一郎から七郎までの兄たちや、夏姫をはじめとする姫君、
帳面役、そして新たに傘下へ入った国人衆だった。
「こちらへ米や魚を持ってきていただければ、市で買い取ります」
国人衆の一人が、集まった村人へ説明する。
「その代金の一部を、皆の借金返済へ回すことができます」
「また領主様が銭を取るんか」
「そうではない」
「今まで、わしらの話なんか聞いてくれへんかったやないか」
「年貢が足らん、兵を出せ、銭を出せと、そればっかりやったやろ」
村人たちから、早速小言が飛んできた。
説明していた国人衆は、言葉に詰まった。
「それは……これまでのことについては、すまなかったと思っておる」
「思ってるだけか」
「いや、今回は本当に仕組みを変える」
「どう変わるんや」
「米を売った代金から、借金を……」
国人衆は手元の書付を見たが、うまく説明できない。
「少々お待ちくだされ」
後ろへ下がり、帳面役へ小声で尋ねた。
「借金へ回す銭は、誰が決めるのじゃ」
「まず農民の生活に必要な分を残します。そのうえで、本人と話して決めてください」
「利息の高い証文から返すのであったな」
「はい。ただし、期限の近いものや、田畑を担保にしているものも優先します」
「寺が持っている証文は」
「寺社の市でまとめて確認します」
国人衆は何度もうなずき、再び村人の前へ戻った。
「今までとは違う。売上を全部取り上げるわけではない」
「ほんまか」
「食べる分と、次に種を買う分は残す。そのうえで、利息の高い借金や、
田を取られそうな借金から返していく」
「領主様が、そこまで見てくれるんか」
「見なければならぬらしい」
「らしい、って何や」
村人たちから笑いが起きた。
国人衆は少し顔を赤くした。
「わしも、まだ覚えておる途中なのじゃ!」
八郎は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
「八郎様が説明した方が早いのではございませんか」
夏姫が尋ねると、八郎は首を横へ振った。
「僕が全部説明してしまうと、僕が土佐へ行った後に困ります」
これから市を運営するのは、その土地の国人衆と家臣たちである。
農民から不満を言われた時、毎回八郎を呼ぶわけにはいかない。
「たどたどしくても、ご自身の言葉で話していただかないといけません」
「間違えた時だけ、こちらが助けるのですね」
「はい。それが一番覚えますから」
別の村では、領主が魚の買い取りについて説明していた。
「この港で獲れた魚は、市が買う」
「余ったらどうする」
「塩漬けや干物にして、別の市へ運ぶ」
「どこの市へ」
「それは……」
領主が困った顔で周囲を見る。
五郎が相場表を広げた。
「近くで安く売るより、魚の少ない西園寺領へ運んだ方がよいです。帰りには薪や米を積んできます」
「船を空で戻さぬということか」
「はい。行きも帰りも荷を積むから、交易の利益が出ます」
領主は、その説明をそのまま住民へ伝えた。
「つまり、魚を売った船へ、帰りは米や薪を積んで戻す」
「それなら船賃も無駄にならんな」
「そういうことじゃ」
「今、五郎様に聞いたばかりやろ」
「聞いて覚えたのじゃから、もうわしの知識じゃ!」
再び笑いが起きた。
八郎は、そうしたやり取りを止めなかった。
「分からないことは、恥ずかしがらずに聞いてください」
隣の市で同じ問題が起きているなら、早馬を飛ばして確認する。
港同士なら船で帳面や相場表を運ぶ。
魚の値段が急に下がった時も、余った米の扱いが分からない時も、一人で抱え込まない。
「分からないものは、どれだけ屋敷で考えても分かりません」
「すぐに人を走らせてもよいのでございますな」
「はい。馬や船を使う銭を惜しんで、市全体が止まる方が高くつきます」
兄たちや姫君たちは、二つ、三つの組へ分かれた。
一郎は農民からの買い取りと帳面。
三郎は飯屋の味や量、店の配置。
五郎は港と船による交易。
姫君たちは寺社の市と、農民の借金整理を中心に見て回る。
八郎は各地で飯と餅を配り、人を集めては次の村へ向かった。
「八郎様は説明せず、飯ばかり配っておられますな」
忠良が笑う。
「僕が細かな説明まで始めると、現地の方が覚えませんからね」
「ずいぶん都合のよい神輿じゃ」
「五歳児にできることをしております」
一週間が過ぎる頃には、味や品ぞろえに多少のばらつきはあったものの、
各地で仕入れが止まらず行われるようになっていた。
農民が米や野菜を持ち込む。
漁師が魚を並べる。
市が代金を払い、その一部を帳面へ記して借金返済に回す。
国人衆たちも、まだ言葉につまりながらではあるが、自分たちで仕組みを説明し始めていた。
「市の運営は、我らが続ける」
「分からなければ隣へ聞く」
「帳面を隠さず、値段を相場表へ書く」
「借金は利の高いものから返す」
八郎は、その言葉を聞いて満足そうにうなずいた。
「これなら、僕たちが土佐へ向かっても、すぐには止まらないでしょう」
戦で国人衆を降しただけでは、土地は治まらない。
自ら住民へ説明し、品を買い、帳面を確認できるようになって、ようやく土地を預けられる。
東伊予では、八郎が握り飯を配って人を集める間に、兄や姫君、国人衆たちが、たどたどしくも
新しい領地運営を自分たちの言葉へ変え始めていたのであった。




