1535年7月3週目。大内家の動き。八郎が伊予を押さえたとの手紙を見て姫たちを伊予に送る。調査と冒険。
一方、大内家の館にも、八郎家が河野家を降し、伊予の大半を押さえたとの報告が届いていた。
「姫たちを呼べ」
当主の命により、八郎家への遊学が検討されていた姫君たちと、その側近、
護衛を任される男たちが広間へ集められた。
「そなたたちには、四国へ行ってもらう」
「九州ではなく、四国でございますか」
姫君の一人が尋ねる。
「うむ。八郎殿は現在、伊予をほぼ押さえたそうじゃ」
西園寺家を傘下へ入れ、河野家の城も落とした。
東伊予の国人衆も、次々と八郎家へ挨拶に来ているという。
「この後は土佐へ向かうつもりらしい。しばらくは四国におるであろう」
「では、伊予で八郎様と合流するのでございますね」
「そのつもりで支度せよ」
八郎家の仕組みを学ぶだけなら、薩摩や日向へ向かってもよい。
しかし、せっかく八郎が四国へいるのであれば、新しく傘下へ入れた土地をどのように整えるのか、
間近で見た方がよい。
「伊予は三十五万石ほどある」
「それほどの土地を、すぐに整えられるのでしょうか」
「普通ならば数か月、あるいは年単位でかかるであろう」
ただし、八郎家の動きは、これまでの大名とは速度が違う。
城を降した翌日には市を立ち上げ、農民から米や魚を買い、借金の帳面を集め始める。
「どれほどの速さで伊予を固めるのか、わしにも読めぬ。ゆえに、そなたたちの目で見てこい」
今回は、姫君だけを少人数で送るわけではなかった。
側仕えの女たちに加え、護衛、帳面を読める者、商いに詳しい者も、普段より多めにつける。
「道中や伊予で見聞きしたことは、順番にこちらへ送れ」
「書状でございますか」
「書状でもよい。人を一人ずつ戻してもよい」
八郎軍の兵数。
伊予の国人衆が、どのように八郎家へ従ったのか。
市でどれほどの品が動き、農民がどのような顔をしているのか。
島津、大友、八郎家の者たちが、どのような距離で付き合っているのか。
「八郎家と仲よくせよという話だけではない」
当主は、姫君たちを順番に見た。
「親しみを持って接しながら、つぶさに調べよ。両方じゃ」
「ずいぶん難しいお役目でございますね」
「そうであろうな」
八郎家は、すでに九州の五か国、百五十万石ほどを実質的にまとめている。
島津本家と分家は婚姻によって深く結ばれ、ほとんど八郎家の傘下と見てもよい。
そこへ伊予三十五万石ほどが加われば、八郎の影響力は二百万石近くになる。
さらに大友家とも婚姻を結び、市と交易で関係を深めている。
「我らとしては、友好的でありたい」
「同時に、脅威でもあるということでございますか」
「そうじゃ」
大内家と八郎家は一年の停戦を結び、交易を始めようとしている。
明との交易に八郎商会を加える話も出ている。
今のうちに縁を結べるなら、結んでおいた方がよい。
「そなたたちも、よい殿方がおれば、よい縁を拾ってこい」
「それまで私たちが考えるのでございますか」
「必ず嫁げと申しておるわけではない」
八郎の兄弟や、大友、島津の家臣たち。
八郎家の周辺には、これから九州や四国を担う若い者が集まっている。
「話してみて、よい者がおれば覚えておけということじゃ」
「調査に遊学、縁談まで。ずいぶん多いですね」
「それだけ八郎家が大きゅうなったということじゃ」
姫君たちは顔を見合わせた。
役目の難しさもあるが、それ以前に、四国までの船旅に不安があった。
「船に乗るのも、大変そうでございます」
「九州へ行くにしても、船には乗らねばならなかったであろう」
「それはそうですが」
「瀬戸内は船の往来も多い。外海を回るよりは、まだ行きやすい」
港と港をつなぎながら進めば、何日も陸地が見えない航海にはならない。
それでも、波が荒れれば船は揺れる。
海賊や、八郎家にまだ従っていない勢力にも注意しなければならない。
「心配なのは、船だけではない」
当主は護衛の男たちへ目を向けた。
「伊予は八郎殿が取ったばかりの土地じゃ。表向き従っていても、反発する者は残っておるかもしれぬ」
「護衛は十分につけます」
「八郎家の者にも、必ず面倒を見てもらえ」
勝手に村へ入らない。
地元の案内をつける。
市や寺社を見に行く時も、護衛を離さない。
「学びに行って、争いへ巻き込まれては話にならぬからな」
「承知いたしました」
姫君たちの表情には、まだ不安が残っていた。
知らない土地。
会ったことのない姫君たち。
五歳で九州から四国まで勢力を広げた、得体の知れない八郎。
だが同時に、それは大内家の館にいるだけでは得られない機会でもあった。
「少し、冒険のようでもございますね」
姫君の一人が言った。
「調査に冒険まで加わるのか」
「何があるのか、分かりませんから」
「それもよい」
当主は、わずかに笑った。
「女子にたくましくなってこいと申すのも、少し妙な話ではあるがな」
市が何もないところから立ち上がる様子。
農民の借金が、帳面の上で減っていく瞬間。
城を落とした武将と、商人や姫君たちが同じ席で話す光景。
「とにかく、いろいろ見てこい」
「はい」
「八郎殿と仲よくし、夏姫たちとも親しくなれ。そのうえで、何を考え、
どこまで進むつもりなのかを見極めよ」
「難しいお役目ですが、務めてまいります」
姫君たちは、そろって頭を下げた。
不安が消えたわけではない。
それでも、急速に形を変えつつある四国を、自分たちの目で見たいという気持ちは強くなっていた。
数日後、大内家の姫君たちは、多くの側仕えと護衛を伴い、瀬戸内の港から伊予へ
向けて船出することになる。
それは単なる遊学ではない。
大内家と八郎家の今後を探る旅であり、姫君たち自身が、館の外の広い世界へ踏み出す最初の
冒険でもあった。




