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1535年7月3週目。八郎は東伊予の国人衆との挨拶待ち。夏姫は八郎と同席。今後の大内家の姫君の扱い等相談する

河野城を拠点として数日が過ぎた頃、八郎は夏姫へ今後の動きを尋ねた。

「夏姫様は、周辺の市を整えに行かれますか。それとも、しばらく僕と一緒に、

 東伊予の国人衆からの挨拶を受けますか」

 夏姫は、ほとんど迷わず答えた。

「八郎様と一緒がよいです」

「市へ行かなくても大丈夫ですか」

「他の姫君方も、もう十分に動けるようになっております。それに、せっかく旦那様と

 同じ城にいるのですから」

「では、一緒に挨拶を受けましょう」

 八郎はうなずいた後、もう一つ夏姫へ頼んだ。

「ほかの姫君方にも、お話ししておいていただきたいことがあります」

「何でございましょう」

「大内家から、何人か姫君が遊学へ来られると思います」

 伊予で受け入れるのか。

 これから向かう土佐で合流するのか。

 あるいは九州の本拠へ送られるのか。

 その判断は、大内家へ任せていた。

「本当は四国へ来ていただいて、市を一から立ち上げるところを見てもらうのが一番よいと思います」

「帳面も、借金整理も、現地で見た方が早いですからね」

「はい。ただ、大内様にもご都合があるでしょうから、どこへ来られるかはまだ分かりません」

 八郎は夏姫を見上げた。

「来られましたら、皆様で仲よくしてあげてください」

「もちろんです」

「姫君方はいくつかの組に分かれて動いておりますから、大内の姫君も、

 どこかへきちんと割り振ってください」

 何も分からないまま帳面を持たせるのではなく、最初は米や野菜の買い取りを見せる。

 その後、証文の集め方や、商人との利息交渉を教える。

「分からないところは手伝って、お茶でも飲みながら仲よくしていただければと思います」

「旦那様は、本当にいろいろ考えておられるのですね」

「一応、考えておりますよ」

「一応なのですか」

「最後は兄様方の働きにかかっておりますからね」

 八郎の兄たちと、大内家の姫君との間に良縁が生まれる可能性もある。

 誰かが気になる殿方を見つけたなら、それに合わせて姫君たちの組を変え、

 同じ市や帳面仕事へ入れることも考えていた。

「兄様方には、頑張っていただかないといけません」

 夏姫は少し同情するような顔をした。

「それはもう、お気の毒様としか申し上げられません」

「どうして気の毒なのですか」

 近くにいた三郎と五郎が、すぐに反応した。

「僕たちも、やる時はやりますよ」

「そうですよ。八郎の命令だけで動くわけではありません」

 姫君の一人が、じっと二人を見た。

「やる時はやる、と言われましても」

「何ですか」

「結局、八郎様に言われた姫君を抱かれるのでしょう」

「そのような言い方はやめてください!」

 三郎が慌てて声を上げた。

「愛があれば、きちんと向き合います」

「また取り繕っておられますね」

「取り繕ってない!」

 姫君たちがくすくす笑い、三郎と五郎は苦笑するしかなかった。

「まあ、仲よくしていただければ、それでよいです」

 八郎がまとめると、三郎が顔をしかめた。

「一番勝手なことを言うてるの、お前やぞ」

 その日の午後、東伊予から国人衆の一団が河野城へ到着した。

 八郎と夏姫は並んで座り、その挨拶を受けた。

「このたび、我らは八郎家と争うつもりがないことを、お伝えに参りました」

 国人衆の代表が深く頭を下げる。

「河野家が降り、西園寺家も八郎家へ入り、その間の国人衆も次々と傘下へ入っております。

 我らだけで抗うことはできませぬ」

「共にやっていただけるということでしょうか」

「はい。条件をお聞きしたく存じます」

「まずは帳面を、すべて出してください」

 八郎はいつもどおり答えた。

 国人衆自身の借金。

 家臣や侍の借金。

 農民が商人、寺社、他の国人から借りている米や銭。

 年貢や通行料の取り方も確認する。

「八郎商会の市を立ち上げ、品を買い、その代金から借金を返す仕組みを作ります」

「我らの城や所領は、どうなりますか」

「きちんと帳面を出し、約束を守っていただけるなら、できる限り残します」

 ただし、借金を隠したり、農民へ無理な徴発を続けたりした場合は、当主へ隠居を求める

 可能性がある。

「隠居となった場合、追放されるのでございますか」

「八郎領の中であれば、どこへ移っていただいても構いません」

「八郎領、と申されましても、どこまでがそうなのですか」

「伊予と、これから入る土佐。それから九州の大半ですね」

 国人衆たちは、思わず顔を見合わせた。

「それほど広いのでございますか」

「四国の中におられると、あまり実感がないかもしれません」

 肥前、肥後、薩摩、大隅、日向は、ほぼ八郎の仕組みで回っている。

 豊後の大友家とも婚姻を結び、市や帳面作りを手伝っている。

 大内家とは一年の停戦中で、今度は姫君を受け入れる予定になっていた。

「それでは、九州はほぼ八郎様が治め、中国の大内家とも縁を結び、

 今度は四国まで押さえられるということですか」

「大内家については、まだどうなるか分かりません」

 八郎は慎重に答えた。

「大友家との関係も、先のことまでは分かりません。ただ、戦だけではなく、

 婚姻や交易を通じて、ゆるやかに縁を広げております」

「ゆるやか、でございますか」

 河野城を九千を超える兵で囲み、門を破って降伏させた者の言葉とは思えなかった。

 国人衆の顔に戸惑いが浮かぶ。

「僕たちは、三好家との境に触れる手前まで東伊予を整えるつもりです」

 その後は、兵を一部警備に残して土佐へ向かう。

 ただし、国人衆を傘下へ入れただけで、すぐに立ち去るつもりはなかった。

「市を立ち上げ、借金を返す流れが動くところまでは、こちらにおります」

「我らにも仕事がございますか」

「もちろんです。市や街道の警備、兵の訓練、村同士の揉め事の仲裁をお願いします」

 東伊予と三好勢力との境についても、土地を知る国人衆の力が必要になる。

「都の方も荒れていると聞いております」

 国人衆の代表が、ゆっくりと言った。

「四国にも小さな勢力が多く、いつ誰が攻めてくるか分かりませぬ」

 河野家が伊予の中心として力を失った今、国人衆だけで土地を守り続けるのは難しい。

「これほど大きな勢力の傘下へ入れるのであれば、我らとしても安心できます」

「では、一緒に市を作っていただけますか」

「はい。帳面もすぐに集めます」

 国人衆たちは、改めて深く頭を下げた。

 挨拶が終わった後、夏姫は八郎を見て微笑んだ。

「旦那様、本当に日の本を少しずつつないでおられるのですね」

「まだ伊予の途中ですよ」

「その言葉が、一番信用できません」

 八郎が一つの城で帳面を開いている間にも、市と婚姻と交易の縁は、九州から四国、

 中国へと少しずつ伸びていた。

 それは大軍で一度に塗り潰す支配ではない。

 土地ごとに飯を炊き、帳面をそろえ、縁を結びながら広がる、八郎家らしい大きな傘であった。

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