1535年7月2週目。河野家に最終勧告。2日後に総攻撃で陥落。河野家を傘下にする。
河野城の門を破り、城兵を三千から二千三百ほどまで減らした翌日、
八郎は最後の降伏勧告を出した。
「あと二日で、総攻撃を行います」
書状には、余計な飾りを入れなかった。
今からでも降伏するなら受け入れる。
武器を捨てた兵は殺さない。
当主や重臣についても、命を取ることを目的にはしていない。
ただし、包囲や夜襲まがいの攻撃を緩めるつもりはない。
「言葉だけでは信じてもらえないでしょうから、飯も置いておきましょう」
「最後通告と一緒に、握り飯を置くのでございますか」
「はい。温かい汁物もつけてください」
城門の近くへ、書状とともに握り飯の入った籠が置かれた。
八郎軍の兵が大声で呼びかける。
「あと二日で総攻撃じゃ!」
「戦う気のない者は、今のうちに武器を捨てて出てこい!」
「出てきた者には飯を食わせる!」
河野城の兵たちは、壊れた門の奥から、その籠を見つめた。
「また飯か」
「わしらを、何やと思うておるんじゃ」
「腹を空かせた兵じゃと思うてるんやろ」
誰かがそう答えると、周囲から乾いた笑いが漏れた。
それから二日間、八郎軍は平凡な攻めを続けた。
昼は盾を並べて城へ近づき、矢を射たせてから引く。
夜は三割の兵が太鼓を鳴らし、大声を上げ、時折、火矢を飛ばす。
城内の者を眠らせず、いつ本気で攻め込まれるか分からない状態を保った。
その間にも、少しずつ兵が抜けた。
夜陰に紛れて城壁を下りる者。
武器を捨て、壊れた門から走り出る者。
八郎軍は約束どおり追わず、名前と村を帳面へ書き、飯を食わせた。
「あと一日じゃぞ!」
「残るなら覚悟を決めろ!」
総攻撃前夜、城内の士気は、ほとんど底へ落ちていた。
そして三日目の早朝。
「総攻撃を始めます」
八郎の命令とともに、島津勢が先頭へ出た。
一番堅固だった門は、すでに前回の攻撃で壊されている。
河野家は急ごしらえの柵や荷車で塞いでいたが、本来の城門ほど強くはない。
「押せ!」
「柵を倒せ!」
島津勢が盾を並べ、丸太と斧で障害物を壊していく。
別の部隊は城壁へ梯子をかけ、守備兵を分散させた。
河野兵も矢や石で抵抗したが、一晩中起こされ続けたうえ、すでに戦意を失った者が多い。
「戦う気のない者は、武器を捨てろ!」
「逃げ道は開けてある!」
「農民兵の首は取らん!」
八郎軍は、城の一角をあえて薄く開けていた。
そこへ向けて、農民兵たちが次々と走り始める。
「戻れ!」
「河野家の兵として恥ずかしくないのか!」
侍たちは怒鳴ったが、止まらなかった。
「もう十分じゃ!」
「八郎軍には勝てん!」
「わしは村へ帰る!」
城内へ入った八郎軍も、逃げる者をむやみに追わなかった。
槍や刀を向けてくる者とは戦ったため、数十人の死傷者は出た。
しかし、武器を捨てた者には道を開けた。
「奥へ進め!」
「当主を押さえろ!」
島津勢を中心とした一隊が、本丸へ向かった。
河野家の重臣たちも最後まで抵抗したが、兵数の差と勢いを止められない。
ほどなくして、河野家の当主は広間で取り囲まれた。
「これまででございます」
家臣の一人が刀を置く。
当主も、しばらく八郎軍をにらんだ後、自らの刀を畳へ置いた。
「捕らえよ」
縄をかけられた河野家の当主は、八郎の前へ連れてこられた。
八郎は、小さな体で正座し、静かに頭を下げた。
「お疲れさまでございました」
「勝った側が言う言葉か」
「籠城は大変だったと思いますので」
「誰のせいじゃ」
「僕たちですね」
八郎が素直に認めると、周囲の家臣が少し笑った。
「それで、わしをどうする」
河野家の当主は、疲れ切った声で聞いた。
「首を取るか。見せしめにするか」
「どこかへ落ち延びたいのであれば、それでも構いません」
「逃がすと言うのか」
「河野家に仕え続けたいのであれば、八郎家の中で仕事をしていただく形でもよいです」
「わしを使うつもりか」
「東伊予のことは、僕たちより河野家の皆さんの方が詳しいですからね」
ただし、条件はある。
「河野領の帳面を、すべて出してください」
城の借金。
家臣や侍の借金。
農民たちの借金。
寺社や商人が持つ証文。
河野家が取っている年貢や通行料。
「それらを一つずつ確認します」
「城を奪った次は、借金か」
「借金を放置したままでは、土地が回りませんから」
河野家の当主は、力なく笑った。
「完敗じゃ」
「はい」
「少しは気を遣え」
「申し訳ございません」
「五歳児に、ここまでこてんぱんにされては、立つ瀬がないわ」
八郎は少し考えてから言った。
「大丈夫です」
「何が大丈夫なのじゃ」
「五歳児に振り回されているお侍さんは、九州にもたくさんおります」
広間のあちこちから、笑い声が上がった。
島津忠良も肩を震わせている。
「笑うところではないぞ!」
「申し訳ございません」
「誰も申し訳なさそうではないではないか!」
河野家の当主も、最後には小さく笑った。
「もう好きにせよ」
「投げやりにならないでください」
「命を取るなら取れ。城も領地も、好きにすればよい」
「命を取っても、帳面の数字は変わりませんからね」
「最後まで帳面か」
「はい」
八郎は、これからの方針を説明した。
河野領にも八郎商会の市を立ち上げる。
農民から米、野菜、薪、魚、布を買い取る。
売った代金の一部を借金返済へ回し、利息の高い証文や、田畑を取られそうなものから
順番に消していく。
「皆さんが飯を食べられるようにしながら、土地全体の利益を増やします」
「そのようなことを、四国全部でやるつもりか」
「はい」
東伊予については、河野家の家臣や国人衆から地理と人間関係を聞きながら進める。
「三好家の勢力へ触れる手前まで、まず伊予をまとめます」
「その後は」
「土佐へ向かいます」
「もう次の国の話か」
「四国を落ち着かせるためです」
河野家の当主は、深く息を吐いた。
「わしは、どうすればよい」
「しばらく城下で休まれても構いません。河野家の御一門か重臣の方に、
東伊予の案内や家臣団の再編を手伝っていただきたいです」
「わしが隠居すれば、それでよいのか」
「帳面に大きな問題がなければ、それで構いません」
「ずいぶん軽いな」
「無理に首を取る必要がありませんからね」
こうして河野家の城は落ち、当主も八郎軍の手に入った。
しかし、河野家そのものが消されたわけではない。
城も家臣も土地の知識も、帳面を整理したうえで、新しい統治へ組み込まれることになった。
伊予で最も大きな勢力の一つだった河野家は、五歳の八郎に戦で敗れ、飯を配られ、
最後には帳面ごと八郎家の傘下へ収まったのであった。




