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1535年7月2週目。仮帳面。九州や交易は順調。一方伊予の市が予想以上に立ち上げが早い。姫君達が大活躍www

七月二週目、河野家の城を包囲する陣の中で、仮の帳面合わせが行われた。

 本来ならば九州各地から届いた帳面を一枚ずつ確認したいところだったが、

 八郎は河野城の攻略中である。

「細かなところは、帳面役の皆さんで先に見ておいてください」

 八郎はそう言いながら、全体の数字だけを確認することにした。

「九州側は、大きな変化はございません」

「それが一番ありがたいですね」

「交易の利益が、およそ二千万文まで伸びております」

「二千万文ですか」

 琉球から九州へ入る品。

 博多や大内領へ流す品。

 九州から四国へ運ばれる焼酎、米、鍋、布。

 行きと帰りの船を空にせず回す仕組みが整い始め、交易だけでかなりの利益が出るようになっていた。

「領内全体の利益は、いつもどおり三千万文ほどでございます」

「では、九州は順調ということですね」

「はい。それとは別に、伊予で百三十万文ほどの利益が出ております」

 八郎は、一瞬聞き間違えたかと思った。

「百三十万文ですか」

「はい」

「まだ市を立ち上げて、それほど日がたっていませんよね」

「そのはずでございます」

「何で、そんなに利益が出ているんですか」

 帳面役は、少し笑いをこらえるような顔になった。

「姫君方が、非常に楽しそうに働いておられまして」

「それが理由ですか」

「かなり大きな理由でございます」

 夏姫を中心とした姫君たちは、南伊予の港や西園寺領の村々を回り、市を立ち上げている。

 寺や神社にも小さな市を置き、農民から米、野菜、薪、魚、布を買い取る。

 その代金の一部を借金返済へ回し、利息の高い証文や期限の近い証文から順番に消していた。

「夏姫様は、朝から晩まで帳面を見ておられます」

「そんなにですか」

「市の場所が決まれば、すぐに商人を呼び、品の値を決め、寺社へ証文を集めるよう

 話をつけておられます」

 別の姫君たちも負けていない。

 ある者は農民の家を一軒ずつ回り、何を売れるかを確認する。

 ある者は市場の飯屋を見て、味や量が落ちていないかを調べる。

 ある者は帳面役と一緒に、商人が持つ証文と農民側の記録を突き合わせていた。

「頼もしい姫君方でございます」

「頼もしすぎませんか」

 八郎が思わず言うと、周囲から笑いが起きた。

「まあ、頼もしいのはよいことです」

「そうなんですけどね」

「河野家の領内からも、少しずつ品が持ち込まれ始めております」

「もうですか」

「城の近くまでは来ておりませんが、南側の村々から、魚や薪、野菜を持ってくる者が出ております」

 先の戦で捕虜になり、飯を食わせてもらって帰った農民兵たちが、八郎軍の市について

 村で話している。

 そのため河野家の領内でも、八郎商会へ品を持っていけば買ってもらえるという噂が

 広がり始めていた。

「この勢いですと、伊予でもう二つほど、新しい市の立ち上げが始まりそうです」

「早いのは悪いことではありません」

 市が立てば、農民の品が銭になる。

 銭が入れば、借金を少しずつ返せる。

 借金が減れば、八郎家の支配を受け入れる者も増える。

「全部の借金をすぐ消せるかどうかは分かりません」

 八郎は帳面を見ながら言った。

「ですが、終わりが見えるだけでも、農民の方々は安心できますからね」

「姫君方も、その瞬間を見るのが楽しいようでございます」

「夏姫様は、僕が帰る頃には、どれくらい市を増やしているつもりなんでしょう」

「できる限り、と申しておられました」

「怖いですね」

 三郎が笑った。

「お前が置いていくと言うたから、必死になってるんやろ」

「置いていくつもりはないんですけどね」

「お前の進む速さが速すぎるんや」

 帳面合わせは、全体として順調だった。

 さらに九州から新たに渡った二千の兵が、現在河野城へ向かっている。

「これで、河野家を囲む兵は九千五百ほどになります」

「上々ですね」

「順調すぎて、少し怖いくらいでございます」

 家臣の一人がそう言うと、八郎は真面目な顔でうなずいた。

「こういう時こそ、気をつけないといけません」

「敵の夜襲でございますか」

「それもありますが、風邪や腹下し、流行り病です」

 兵が一か所へ集まり、大鍋で飯を炊き、同じ水場を使っている。

 ひとたび病が広がれば、河野家と戦う前に軍が動けなくなる。

「水は必ず煮沸してください。厠は陣から離し、飯炊き場と混ぜないように」

「具合の悪い者は」

「無理に働かせず、すぐ別の場所へ移してください」

 兵が増え、銭が増え、領地が広がったからといって、根本が変わるわけではない。

「結局、小さなことを一つずつやるしかありません」

 八郎は小さな指を折りながら言った。

「水をきれいにする。飯を傷ませない。帳面を間違えない。兵を眠らせる。そういうところからです」

「細部に宿る、ということでございますな」

「はい。大きくなった時ほど、細かいところで崩れますから」

 帳面合わせが終わると、八郎は島津忠良たちへ顔を向けた。

「今週は、河野城の門をいくつか壊しに行きます」

「ようやく我らの出番でございますな」

 忠良が楽しそうに笑った。

「門を壊すだけですよ。勝手に奥まで入らないでください」

「西園寺城の時と同じでございますか」

「はい。いつでも入れると見せつけ、城内の兵を門へ張りつかせます」

 三郎には、市と街道を整える役目を頼むことにした。

「三郎兄さんは、一度姫君方と合流してもよいかもしれません」

「市の様子を見てこいということか」

「はい。味や量が落ちていないかも見てください」

「夏姫に怒られそうやな。遅いって」

「僕が頼んだと言えば大丈夫です」

 河野城を囲む戦は、補給が続く限り負けにくい。

 だが八郎は、何か月も待つつもりはなかった。

「時間の問題だから、のんびり待つのではないのか」

 忠良が聞くと、八郎は首を横へ振った。

「二週間ほどで形をつけたいです」

「どのように」

「門を壊します。兵糧庫の位置を探します。城外の村から品を買い、城内へ入る兵糧を減らします」

 さらに、城から逃げる兵には飯を与え、武器を取り上げて帰す。

 河野家の兵を三千から二千、千五百へと減らし、総攻撃をかけられる状態へ持っていく。

「兵糧を全部奪わなくても、減っていると分からせればよいです」

「相変わらず地味な戦でございますな」

「味方が死なないなら、それが一番です」

 東伊予の国人衆が挨拶へ来るかどうかも、この二週間で見極める。

 河野家を見限る者が増えれば、城はますます孤立する。

「まだ河野家は降っておりません。油断はしないでください」

「その割には、もう土佐の話までしておったがな」

「先のことも考えないといけませんからね」

 八郎は帳面を閉じた。

「では、今週も順番にやりましょう。まず健康を守る。市を回す。門を壊す。

 話を聞きに来た国人衆には飯を出す」

「全部並列でやるんやな」

「兵がたくさんおりますから」

 城の外では鍋から湯気が上がり、城の中では河野兵が眠れぬ夜を過ごしている。

 そして南伊予では、姫君たちが嬉々として新しい市を作り、証文を破っていた。

 八郎家の四国攻略は、戦も商いも帳面も、驚くほど順調に回り始めていたのであった。

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