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1533年1月。1月6度目の市で飯屋。常連さんもマグロに慣れ始め看板になり始める(笑)

一月の三週目、六度目の市の日。

朝から八郎の家は忙しかった。混ぜ飯、魚のすり身汁、炒め飯、天ぷら、酒、

 そして今日の目玉はマグロの味噌煮である。

「これ、下準備を手伝ってくれる人、もう一人雇った方がええかもしれませんね」

 八郎がぽつりと言うと、父が顔を上げた。

「また雇うんか」

「はい。今日みたいにマグロを多めに仕入れると、母上の手が足りません。

母上には味を見てもらわなあかんので、切るとか洗うとか運ぶとか、そういうところは人に

任せたいです」

 母も苦笑した。

「確かに、今日はちょっと忙しいね」

「酒も多めに仕入れます」

「余ったらどうするんや」

 五郎が聞くと、八郎はすぐ答えた。

「酒は余っても次に使えます。マグロも残ったら、最後にみんなで食べたらええじゃないですか」

「売り物やろ」

「売れ残ったらです。母上たち、まだマグロの味噌煮、ちゃんと食べてないでしょう」

 のんびり言う八郎に、父は呆れた顔をした。

「お前、売れる前提やな」

「多分、売れます」

「そういうところやぞ」

 市に着くと、すでに常連たちが待っていた。

「来たで来たで!」

「坊主、今日はマグロあるんやろ」

「はい。今日は少し多めに用意します」

「酒もあるな」

「あります」

「今日はちびちびやりながら、坊主の話を聞くんや」

 八郎は苦笑した。

「もっと可愛いお姉さんの話を聞いた方がええんちゃいますか」

「何を焦っとるんや。坊主の話は面白いんや。娯楽なんか少ないからな」

「料理を食べに来てください」

「食べるわ。ついでに話も聞くんや」

 常連の一人が身を乗り出した。

「それで、次は何するんや」

「今日がうまくいけば、村に湯浴みを作ろうと思ってます」

「湯浴み?」

「大きな風呂じゃなくて、釜で湯を沸かして体を拭く場所です。火を見る人、銭を見る人、

 貸し布や水を扱う人を雇います。仕事を作るんです」

「お前、飯屋の坊主やと思ってたら、村の仕事作る話しとるんか」

「一応、千五百石ほど見ることになりましたので」

「お前そんなこともしとるんか!」

「庄屋さんたちと集まって、帳面を見たり、困りごとを聞いたりしています」

「三歳児が?」

「三歳児がです」

「自分で言うな」

 笑いが起きる。

「先々は何考えてんねん」

 別の男が聞いた。

「酒と砂糖は何とかして手に入れたいですね。あと味噌です。うちは味噌が大事ですから。

 あとは器と甕ですね。漬物を増やすには甕がいります」

「三歳児が酒と砂糖と味噌と甕を語るな!」

「おっさんくさいぞ!」

「漬物は大事ですよ」

「真顔で言うからおもろいねん」

 その間にも、母は鍋の前で忙しく動いていた。マグロの赤身、ネギ、椎茸、野菜の切れ端、

 味噌、酒、塩。火が入るにつれ、濃い香りが立ち上る。

「まだか?」

「もう少し待ってください」

 客がじれているのを見て、八郎はすぐ声をかけた。

「待っている間に、炒め飯はどうです? 魚のすり身汁もあります。マグロは量を半分、

 値も半分で後から出せますので」

「おい、客の頼む品を変え始めたぞ」

「商人やなあ」

「違います。待ってる時間を減らしてるだけです」

「同じや!」

 それでも客は笑いながら炒め飯やすり身汁を頼んだ。三郎が鍋を振り、

 父が汁をよそい、五郎が酒を運ぶ。

「八郎、できたよ」

 母の声がした。

 八郎は小皿で味を見る。

「……はい。今日も美味しいです」

「ほんまか?」

「お待たせしました」

 一杯目が出ると、常連が汁をすすり、マグロを噛んだ。

「これやこれ。酒に合うわ」

「味が濃いのがええ」

「飯にも合うぞ」

「坊主、もう一杯!」

「後ろにもお客さんがいるので、ほどほどにしてください」

「三歳児に止められる酒飲みか」

 また笑いが起きた。

 そこからは止まらなかった。マグロ味噌煮を待つ客に炒め飯をすすめ、酒を飲む客に

 すり身汁をすすめ、腹が落ち着いた客に半量のマグロを出す。八郎は火の前に立てない。

 鍋も振れない。けれど、人の流れをずっと見ていた。

「四郎兄様、酒を少し追加で」

「五郎兄様、椀が足りなくなりそうです」

「お嬢さん、あちらのお客さんに水を」

「父上、すり身汁の方に人が流れています」

「母上、焦らずお願いします。味が一番大事です」

 常連たちはその様子を見て笑った。

「小さい殿様やな」

「飯屋の殿様や」

「いや、もう村の殿様やろ」

「やめてください。まだです」

「また『まだ』言うたぞ!」

 夕方前には、マグロも炒め飯もすり身汁も天ぷらも、ほとんど売り切れた。

 多めに仕入れた酒も思ったほど残っていない。

 母は疲れ切っていたが、顔はどこか明るかった。

「八郎」

「はい」

「これはもう一人、下準備の人がいるね」

「はい。母上がそう言ってくれて安心しました」

「最初からそのつもりやったんでしょう」

「少しだけ」

「ほんま口がうまい子やわ」

 父は銭袋を持ち上げ、大きく息を吐いた。

「今日も怖いな」

「家で数えましょう。全部売れたのは嬉しいですけど、次は無理なく回せる形を考えます」

「今さらかい」

 三郎が笑う。

 八郎は真面目に頷いた。

「今さらです」

 六度目の市はこうして終わった。

 マグロはもう試しの料理ではない。八郎の店の、新しい看板になり始めていた。

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