1535年6月4週目。西園寺家、河野家の動きと従う国人衆の不満と内応。八郎は挟撃を避けるため西園寺の城の門破壊を命じる
西園寺城では、籠城を始めてから数日が過ぎていた。
城内にいる兵は、およそ二千五百。
それに対し、城を囲む八郎軍は七千である。
人数で三倍近い差があるだけでも苦しいが、西園寺側を最も悩ませていたのは、
八郎軍が昼も夜も休ませてくれないことだった。
「兵の疲れが、かなりたまっております」
家臣からの報告を受け、西園寺の当主は顔をしかめた。
「昼は七割ほどの兵を前へ出し、城門や柵へ圧力をかけてまいります。夜になると、
今度は三割ほどが太鼓を鳴らし、声を上げ、時折矢を射てまいります」
「本気で攻めては来ぬのか」
「はい。近づいたと思えば引き、別の場所で騒ぎ始めます」
城内の者は、どこから攻め込まれるか分からない。
夜になっても鎧を脱げず、城壁や門の近くで待機を続けている。
一方、八郎軍は兵を交代させていた。
夜に動いた三割は昼に眠り、昼に動いた七割も順番に休んでいる。
「しかも、あやつら、あからさまに宴会のようなことまでしております」
「宴会じゃと?」
「城から見えるところで大鍋を囲み、飯を食い、焼酎を飲んでおります。歌まで聞こえてまいります」
城内では、冷えた握り飯と薄い汁を分けて食う。
城外からは、焼いた魚や味噌の匂いが流れてくる。
眠れず、腹を空かせた兵の耳へ、八郎軍の笑い声が届く。
「嫌な攻め方をしてきよるわ」
西園寺の当主は、奥歯をかみしめた。
「河野家はどうなっておる」
「すでに兵は立ち上がったとのことでございます」
「数は」
「河野家の本隊が六千ほど。道中の国人衆を合わせれば、八千ほどになる見込みです」
「八千か」
河野軍八千と、城内の西園寺軍二千五百。
同時に動いて八郎軍を前後から挟めれば、勝機はある。
「河野軍が着くまで、あと何日じゃ」
「早ければ数日。ただし、八郎軍の待ち伏せを警戒し、慎重に進んでいるようでございます」
「ならば、その数日を何としても耐えよ」
西園寺の当主は、疲れ切った兵たちを集めさせた。
「河野家の援軍は、すでに動いておる!」
城内に声が響く。
「あと数日耐えれば、八千の兵が八郎軍の背後へ現れる。我らが城から打って出れば、
前後から挟める!」
兵たちは力なく顔を上げた。
「眠れぬのも、腹が減るのも、あとわずかじゃ。今ここで耐えれば、西園寺家は残る!」
しかし、その言葉の直後、城外から太鼓が鳴った。
「起きろ! 城門へ来るぞ!」
見張りの声が飛び、休みかけていた兵たちは再び立ち上がった。
八郎軍は、城を落とすより先に、城内の心を少しずつ削っていた。
一方、河野家の軍勢も、西園寺城へ向かって進んでいた。
「急げ。西園寺城が落ちる前に着かねばならぬ」
河野家の将はそう命じたが、道中では斥候を先へ出し、山道や林を一つずつ調べていた。
八郎軍が九州一円を押さえた軍勢である以上、不用意に進んで待ち伏せを受けるわけにはいかない。
行軍はどうしても遅くなった。
その河野軍の先頭へ置かれたのが、周辺の国人衆二千だった。
「お前たちは、今後河野家の配下に入る」
河野家の将は、当然のように告げた。
「八郎軍とぶつかった際には、先陣として敵を押し返せ」
国人衆たちは表向き頭を下げたが、陣へ戻ると不満を爆発させた。
「何でわしらが最初に突っ込まなあかんのじゃ」
「肉壁になれと言うておるだけではないか」
「相手は九州の五カ国を押さえた軍ぞ。強いかどうか分からんと言うても、弱いわけがない」
「河野家のために、先に死ねというのか」
彼らは、すでに八郎と密かに話をつけていた。
中立を保ちたい。
河野家の圧力があるため軍へは加わるが、本気で八郎軍と戦うつもりはない。
「八郎軍がこちらへ来たら、一度だけ矢を射る」
「その後、突き崩された形で逃げるぞ」
「ばらばらになって、それぞれの所領へ戻ればよい」
「河野家のために死んでたまるか」
裏切って河野軍へ襲いかかるつもりはない。
しかし、河野軍のために命を懸けるつもりもなかった。
表面上は八千の河野軍。
だが、そのうち二千は、戦が始まれば逃げる準備をしている。
八郎は、その報告を受けながら絵図を見つめていた。
「河野軍が来て、西園寺軍が城から出てくると、挟み撃ちになりますね」
三郎が言った。
「それは、あまりよい形ではありません」
八郎は西園寺城の門を指さした。
「河野軍が来る前に、城側が簡単には打って出られない状態にしましょう」
「城を落とすのか」
「全部落とす必要はありません」
八郎は指を二本立てた。
「城門の一枚か二枚くらい、壊しに行きましょう」
「急に荒っぽくなったな」
「ずっと宴会だけしているわけにもいきませんからね」
八郎は島津本家と分家の将を呼んだ。
「二日か三日後、夜明け前から城門へ一気に圧力をかけます」
これまでの小さな攻撃とは違う。
盾を並べ、丸太を運び、島津勢を中心に城門へ突っ込む。
「門を破れば、城内の兵はそこを守るために動かざるを得ません」
「河野軍が来ても、城から打って出にくくなるわけですな」
「はい。門を壊した後、無理に城内へ入る必要はありません。
こちらがいつでも入れると思わせれば十分です」
島津の将たちは、嬉しそうに顔を見合わせた。
「ようやく、力仕事でございますな」
「壊すのは門だけですよ」
「中へ入ってはいかんので?」
「被害が増えますからね。河野軍が近づくまで、西園寺の兵を門へ張りつかせます」
昼夜の音と宴会で眠りを奪う。
兵糧を三倍で買い、農民兵を集めさせない。
そして援軍が近づけば、その前に城門を壊し、城内の兵を動けなくする。
「島津の皆さん、派手にお願いします」
「お任せくだされ」
数日後、西園寺城を揺らす本格的な攻撃が始まろうとしていた。
城を落とすためではない。
河野家との挟み撃ちを防ぐため、まず西園寺家の足を城門へ縫いつけるための攻撃であった。




