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1535年6月4週目。西園寺家へ侵攻。米を3倍で購入していく中で敵に兵を集めさせない。周辺国人衆からは内応、中立の申し出

六月四週目、八郎は南予の陣屋で帳面合わせを開いた。

 ただし、西園寺家との戦を目前に控えているため、細かな数字を一つずつ

 確認する時間は取らなかった。

「九州から届いた帳面は、後ほど目を通しておいてください」

 八郎は帳面役へ向き直った。

「今週の交易利益は一千四百万文。領内全体の利益は三千万文ほどですね」

「はい。おおむね、その数字でございます」

「では、三千万文分の銭と物資を、追加で四国へ送る手はずを整えてください」

 すべてを銭で運ぶわけではない。

 米、味噌、塩、干し魚、焼酎、鍋、布、薬、市の仕入れに使う銭などを合わせた額である。

「最初に持ってきた五千万文も使い始めております。河野家との話まで考えるなら、

 もう少し四国へ銭と物を入れておきましょう」

 今週、新たに二千の兵が九州から上陸していた。

 その二千は、八郎家の傘下へ入った三万五千石ほどの地域と、港、市、街道の警備へ回す。

「西園寺家へは、今いる七千で向かいます」

 八郎軍は村々で飯を炊きながら進んだ。

 米、野菜、薪は、必要に応じて普段の三倍ほどの値で買い取る。

「無理に奪わないでください。欲しいものには、きちんと銭を払います」

 その噂は、八郎軍より先に西園寺領へ広がった。

「城へ行けば戦わされる」

「八郎商会へ米を売れば、三倍の銭になる」

「しかも飯まで食わせてもらえるらしい」

 西園寺家は本来、四千ほどの兵を集めるつもりだった。

 しかし、八郎軍がすでに領内へ入り、村々で飯を炊いているため、農民兵の集まりが悪い。

「半ば強引でもよい。男を城へ連れてこい!」

 西園寺の当主は命じたが、最終的に集まったのは二千五百ほどだった。

 城へ向かう途中で村へ戻る者。

 家族の病を理由に断る者。

 八郎商会の炊き出しへ入り、そのまま帰らなくなる者までいた。

 二日後、八郎軍七千は西園寺の城を取り囲んだ。

「ここからは、兵を七対三に分けます」

 八郎は、城の周囲へ配置した兵を見渡した。

「昼は七割を動かします。城門へ寄せ、矢を射かけ、柵を作り、周囲の道を押さえてください」

「夜は三割でございますか」

「はい。ただし、休戦するわけではありません」

 昼に動いた七割は順番に休ませる。

 一方、夜を担当する三割は、少人数に分かれて城の周囲を動き続ける。

「夜は大声を上げてください。太鼓や鐘も、使いすぎない程度に鳴らしましょう」

「城内の者を寝かせないのでございますな」

「はい。こちらは交代できますが、城側はいつ攻め込まれるか分かりませんから、

 全員が起きていなければなりません」

 夜の闇に紛れて、柵へ近づく。

 矢を数本だけ放つ。

 城門の前で声を上げ、すぐに引く。

 別の場所で太鼓を鳴らす。

「本格的に攻める必要はありません。いつ攻められるか分からないと思わせ続けることが大切です」

 さらに八郎は、夜番ではない兵たちへ、城から見える場所で飯を食べさせることにした。

「焼酎も少しだけ開けましょう」

「包囲中に宴会をするのでございますか」

「兵を酔わせるほど飲ませてはいけませんよ。ただ、城の中から見えるように、温かい飯を食べ、

 楽しそうにしてください」

 城内では、いつ攻め込まれるか分からず眠れない。

 城外では、八郎軍が交代で休み、湯を使い、飯を食い、焼酎まで飲んでいる。

「戦う前に、心を削るのでございますな」

「無理に城壁を登れば、こちらにも死人が出ますからね」

 八郎軍は四六時中、何らかの動きを見せた。

 昼は七割の兵が城を圧迫する。

 夜は三割が音を立て、小さな攻撃を繰り返す。

 休んでいる兵は、城から見えるところで飯を食べる。

 数日もすれば、城内の者たちはまともに眠れなくなる。

「こちらは七割と三割を順番に入れ替えます。兵を同じ夜番へ続けて入れないでください」

「城側だけが疲れていく形にするのでございますな」

「はい。こちらは急いで勝つ必要がありません

 西園寺城を囲んで数日後、河野家が援軍を整えているとの報告が届いた。

「河野家の本隊は、六千ほどになる見込みでございます」

「周辺の国人衆も加わりますか」

「声をかけているようです」

 その夜、河野家と西園寺家の間に所領を持つ国人衆が、密かに八郎の陣を訪ねた。

「恐れながら、八郎様へお願いがございます」

「お話しください」

「我らは、河野家の軍勢へ加わらざるを得ません」

 河野家の命令を拒めば、八郎軍との戦が終わった後に、報復を受ける可能性がある。

「しかし、八郎様と本気で戦うつもりはございません」

「中立を保ちたいということですね」

「はい。ただ、河野家の圧力を押し返す力がないのです」

 彼らは、河野軍の中で自分たちが配置される場所を、八郎軍へ知らせると申し出た。

「おそらく、我らは先陣へ並べられます」

「八郎軍がそこを押せば、逃げると」

「はい。少し戦った形を作り、突き崩されたとして退きます。どうか深追いはなさらぬよう

 お願いいたします」

 八郎は静かにうなずいた。

「それで構いません」

「河野軍へ反旗を翻す必要はございませんか」

「そこまでは求めません。皆様の家まで危うくなりますからね」

 ただし、八郎は一つだけ頼んだ。

「分かる範囲で、河野軍の行軍路、合流場所、兵糧を置く場所を教えてください」

「道と休憩地であれば、お伝えできます」

「それで十分です。兵糧を焼けとも、河野軍へ後ろから攻めかかれとも申しません」

 国人衆たちは安堵し、深く頭を下げた。

 西園寺城の中では、二千五百の兵が眠れぬ夜を過ごしている。

 城の外では、七千の八郎軍が交代で攻め、飯を炊き、焼酎を飲む。

 さらに河野家の援軍の中にも、戦わず逃げるつもりの国人衆がいた。

「刀が交わる前から、かなり崩れてきましたな」

 三郎が言うと、八郎は首を横へ振った。

「まだ油断はできません。ただ、できるだけ戦う前に疲れていただきましょう」

 昼夜を問わず城を圧迫し、兵糧を高値で買い、周囲の国人衆とは裏で話をつける。

 西園寺家と河野家の軍勢は、八郎軍と本格的に戦う前から、少しずつ眠りと兵と味方を

 失い始めていた。

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