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1535年6月2週目。日向から南伊予への船の途中。船酔いしながら船の男衆を味方につけるwww

六月二週目、八郎は予定どおり船に乗り、日向の港を出た。

 同じ日に夏姫や三郎、島津本家と分家の者たちも海を渡るが、船はすべて別である。

 出航する時刻もずらし、一隻に何かあっても、八郎家の中枢がまとめて失われないようにしていた。

 南予までの航海は、およそ二日である。

 天候には恵まれたものの、海が完全に穏やかなわけではない。船は波に乗るたびに上下し、

 時折、横からも大きく揺れた。

「これは、思っていたよりきついですね」

 八郎は船縁につかまりながら、少し青い顔で言った。

「食欲が、ほとんどありません」

 近くにいた、日に焼けた大柄な船乗りが笑った。

「最初は皆、そんなもんですわ」

「皆さんは、これを毎日我慢しておられるのですか」

「我慢というより、慣れですな」

 筋骨隆々とした船乗りたちは、揺れる船の上でも平然と歩いている。綱を引き、帆を調整し、

 荷物のずれまで確認していた。

「わしらは魚を獲って飯を食うとります。それに、荷物を運ぶ仕事も増えましたからな」

「八郎商会の荷ですか」

「そうです。薩摩から日向、肥後、肥前、豊後。今度は四国まで行くんでしょう」

 八郎領が広がれば広がるほど、海の役割は大きくなる。

 陸路だけでは、米や酒、鍋、布といった大量の荷を運び切れない。琉球から来る品を九州へ運び、九州で作った焼酎や加工品を四国や本州へ送るにも、船が必要だった。

「水軍や漁師の皆さんには、これからますますお世話になります」

 八郎は揺れに耐えながら、船乗りたちへ頭を下げた。

「給金や仕事のことで不満があれば、遠慮なく言ってください。家が必要なら建てますし、

 ご家族の暮らしもできる限り支えます」

「そこまでしていただけるんですか」

「皆さんが船を出してくださらなければ、八郎領の商いは止まりますからね」

 港へ着けば、今回大量に積んできた芋焼酎も、船乗りたちへ振る舞うつもりだった。

「南予へ着いたら、焼酎をいくらか開けましょう。仕事のない時に、皆さんで飲んでください」

「えらい太っ腹な五歳児ですな」

 船乗りの一人が笑うと、その隣の男が慌てて肘で突いた。

「こら。五歳児やのうて、大大名の殿様やぞ」

「そう言われても、僕自身にあまり実感がないんですよね」

「実感がなくて当然ですわ。庄屋の八男が、二年や三年でここまで大きゅうなるなど、

 日の本中を探しても、そうおりません」

「そう思っていただけるなら、これからも遠慮なく頼ってください」

 八郎は、四国でも港の周辺へ館を建てるつもりだった。

 船乗りや商人が泊まれる場所を作る。

 倉を建て、荷を雨や潮風から守る。

 湯浴み場を設け、長い航海を終えた者たちが体を休められるようにする。

「九州では、三万五千石ほどのまとまりごとに簡易の湯浴み場を置き、

 さらに足を伸ばして休める大きな湯浴み場も整えております」

「四国でも同じものを作られるので?」

「はい。まず市と湯浴み場、倉、飯屋からです。それ以外にも必要なものがあれば、順番に作ります」

「それは頼りになりますな」

 船乗りたちは、嬉しそうに顔を見合わせた。

「八郎様の領内は、本当に荷がよく動きます。どこの港へ行っても、積むものがありますから」

「それが大事なんです」

 船は、行きだけ荷を積み、帰りが空では利益が出にくい。

 日向から南予へ米や焼酎、鍋、布を運ぶなら、帰りには魚、塩、木材、紙の材料などを積む。

 琉球から九州へ来た品を四国へ送り、四国の品を博多へ運ぶ。

 博多から大内領、さらに明との交易へつなぐ。

「今でも交易だけで、週に一千万文ほどの利益が出ています」

「一千万文ですか」

「はい。ですが、行きと帰りの荷を空にせず、四国や博多まで流れをつなげれば、

 二倍、三倍になる可能性があります」

 さらに大内家の船へ八郎商会の荷を載せ、明から入る品を扱えるようになれば、

 動く銭は今とは比べものにならない。

「ですから、波に乗れる時に、皆さんも一緒に乗ってください」

 八郎は少し得意そうに言った。

「僕の船に」

 船乗りたちは一瞬黙った後、大きく笑った。

「もう乗せてもろうてますわ」

「それもそうですね」

「八郎様は、どこへ行っても商人や船乗りを味方につけられますな」

 同行していた家臣が、あきれたように言った。

「船酔いで飯も食えんのに、もう給金と湯浴み場と交易の話をしておられる」

「気持ち悪いからこそ、ほかのことを考えているんですよ」

「それで一千万文の話になりますか」

 再び笑い声が広がった。

 二日目の午後、水平線の向こうに四国の山並みが見え始めた。

「南予です!」

 見張りの声が上がり、船の上が慌ただしくなる。

 港には、先に渡っていた第一陣の兵と、八郎商会の旗が見えた。

 その周囲には、地元の漁師や商人、国人衆らしき者たちも集まっている。

「ようやく着きましたね」

 八郎は船縁をつかみながら、まだ少し青い顔で立ち上がった。

「まずは船乗りの皆さんに焼酎を渡してください。その後、第一陣から市と

 国人衆の状況を聞きましょう」

「上陸してすぐ仕事ですか」

「二日も船で休みましたから」

「ずっと船酔いしておられたでしょう」

「それとこれとは別です」

 船が南予の港へゆっくりと入っていく。

 八郎は二万一千の兵を率いる大将としてではなく、まず港と船乗りと荷の流れを確かめる

 商人の目で、初めての四国を見つめていた。

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