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1535年6月1週目の週末。八郎の日向入り。先遣隊の2000を先に船で渡して市の立ち上げと証文消しを目標にする。

六月一週目の週末、八郎の率いる本隊一万四千は、ようやく日向へ入った。

 各地から集まった兵は、島津本家と分家の者たちによる訓練を受けながら、

 日向北部の港へ向かっている。

 ただし、二万一千の兵を一度に四国へ渡すことはできない。

「船の数を考えれば、一度に渡せるのは二千人ほどでしょうね」

 八郎は港から届いた報告を確認しながら言った。

「僕が港へ着くのを待つ必要はありません。先遣隊のうち二千人を、

 第一陣として先に南予へ渡してください」

「八郎様がお着きになる前に動かしてよろしいのでございますか」

「はい。現地の八郎商会の者と合流し、まず状況を聞いてください」

 第一陣の役目は、いきなり城を攻めることではない。

 港を押さえ、八郎商会の炊き出しを守る。

 そのうえで、周辺の国人衆と話し合い、市を受け入れる意思があるかを確かめる。

「市の話が通りそうなら、小さくてもよいので始めてください」

 飯屋を一つ開く。

 米や野菜、魚、薪を買い取る。

 兵は警備に回り、商人や農民が安心して市へ来られるようにする。

「そして、できれば借金の帳面まで確認してください」

「第一陣だけで、そこまで進めるのでございますか」

「一度、流れを最後まで通してみたいのです」

 八郎が九州で繰り返してきたのは、三万五千石ほどの土地を一つのまとまりとして見るやり方だった。

 その地域の農民、侍、城が抱える借金を調べる。

 市で品物を買い取り、返済へ回す。

 最後に借金がなくなれば、証文を皆の前で破る。

「三万五千石のまとまり一つを、第一陣で進めてください」

「いきなり三万五千石は難しいのではありませんか」

「無理なら、一万石でも二万石でも構いません」

 大切なのは、八郎商会が飯を配りに来ただけではなく、借金を調べ、市を作り、

 証文を消すところまで本当にやるのだと示すことだった。

「小さな地域でもよいので、市を開く。帳面をつける。そして最後に証文を破る。

 そこまで一度やってみてください」

 それを見れば、周囲の国人衆や農民の態度も変わる。

「一つの地域でうまくいけば、隣へ広げます。最終的には三万五千石ほどの土地へ入り込み、

 国人衆の懐へ入ってください」

「兵で押さえるのではなく、市で入るのでございますな」

「兵は、その市を守るために使います」

 八郎自身は、六月二週目の帳面合わせを日向で済ませた後、第二陣の二千人と共に南予へ

 渡る予定だった。

「第一陣が二千、僕が率いる第二陣が二千。まず四千人ですね」

「その後も順番に渡すのでございますか」

「はい。第三陣、第四陣と続けます。最終的には先遣隊と本隊を合わせ、

 二万一千人を四国へ上陸させます」

 ただし、二万人がすべて同じ城へ向かうわけではない。

 港、市、街道、炊き出し場所へ分けて配置する。

 抵抗する相手がいれば城を囲むが、従う国人衆の土地には必要以上の兵を入れない。

「土佐一条家にも、早めに書状を出した方がよいでしょう」

「どのようにお伝えいたしますか」

「まず、八郎家が九州で何をしてきたのかを書いてください」

 市を作り、農民から品物を買い、借金を返してきた。

 肥前、肥後、薩摩、大隅、日向を束ね、大友、大内とも一年間の停戦を結んだ。

「現在、南予へ四千ほど入れる予定ですが、総勢では二万一千が順番に上陸すると伝えます」

「ずいぶん正直に伝えるのでございますな」

「隠しても、いずれ分かりますからね」

 ただし、その兵は土佐一条家を滅ぼすためだけに集めたものではない。

 市を受け入れ、八郎家との関係を結ぶなら、城も家名も残す。

 拒むなら、その時に改めて考える。

「土佐一条家ほどの名門なら、八郎商会の噂も聞いているのではありませんか」

 八郎が尋ねると、三郎が首を振った。

「交易でどれだけ利益を出しとるか知っとるんは、商人ぐらいやと思うで」

「殿様方には伝わっておりませんか」

「飯を配って借金を返す変な五歳児がおる、ぐらいは知っとるやろうけどな。

 週に何千万文動かしとるかまでは、分かってへんと思う」

「それなら、なおさら実際に見せる必要がありますね」

 南予の一角で市を開き、品物を買い、証文を破る。

 その様子が広まれば、八郎家の力は兵の数だけではないと分かる。

「では、まず第一陣に一つ、成功例を作ってもらいましょう」

「失敗した場合はどういたしますか」

「僕が第二陣で行って、やり直します」

 八郎は平然と答えた。

「最初から全部うまくいくとは思っておりません。市の場所、買い取る品、国人衆との話し方。

 その辺を一つずつ直せばよいです」

「相変わらず、戦へ行くというより、新しい店を開く話みたいやな」

「実際、似たようなものでしょう」

「二万一千の兵を連れて開く店は、普通の店ちゃうけどな」

 周囲に笑いが起こった。

 第一陣二千は、八郎の到着を待たず、船へ乗る。

 目標は、南予で最初の市を開き、一枚でも借金の証文を破ること。

 その小さな成功を足場に、八郎家は三万五千石、さらにその先の伊予と土佐へ、

 順番に入り込もうとしていた。

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