1535年6月1週目。八郎が各地で2000ずつ兵を挙げ14000で日向の先遣隊との合流を図る。道中島津分家・本家と会話しながら行軍
六月一週目の帳面合わせを終えると、八郎は予定どおり本隊を動かした。
肥前、肥後、薩摩、大隅、日向などから、それぞれ二千人ほどを出し、合わせて一万四千。
各地の軍勢は道中で合流しながら、先遣隊七千が待つ日向北部の港を目指して進んでいた。
薩摩を通る頃には、島津本家と分家の軍も加わった。
軍勢は急がず、休憩地を設けながら進む。八郎も島津本家の忠良や貴久、分家の者たちと、
飯を囲んで話す時間を作っていた。
「八郎殿。夏を正式に迎えてくれて、まことにありがたい」
忠良は上機嫌で杯を掲げた。
「それに、もう一人の姫も五郎殿と縁を結んだそうではないか」
「姫君が勇気を出してくださいましたからね」
「島津本家からは、これで三人ほど八郎家との縁ができた。分家からも二人ほど話が進んでおる。
まことに盤石じゃな」
「まだ二、三年ほどで成り上がった家でございますよ」
八郎は苦笑した。
「しかも当主は五歳です。不安でしかありません」
「何を申す。だからこそ、父親代わりとなる我らがおるのではないか」
忠良が胸を張った瞬間、八郎の隣に座っていた夏姫が、ひどく嫌そうな顔をした。
「父上」
「何じゃ」
「八郎様は、九州の大半を束ねておられるのですよ。その八郎様へ、得意げに父親面をなさるのは、
娘として少し恥ずかしゅうございます」
「娘を迎えてもろうたのじゃ。息子のようなものであろう」
「そういうところでございます」
夏姫は深く息を吐いた。
「すぐ孫ができるとか、家が固まるとか、姫君たちの前で軽々しくおっしゃるでしょう。
それが私たちから少し距離を置かれる理由だと、なぜ分かられないのですか」
「わしは家の先を心配しておるだけじゃ」
「こちらには、こちらの繊細な事情がございます」
夏姫は周囲の姫君たちへ目を向けた。
「正室と側室の間にも調整が必要です。誰が先に子を産むのか、どの子がどの家を継ぐのか。
それだけでも、仲がぎくしゃくすることがございます」
「そういうものか」
「そういうものです」
忠良が少し小さくなり、貴久が笑いをこらえていた。
「まあ、子供の順番については、僕はあまり重く考えておりませんけどね」
八郎が口を挟んだ。
「順番よりも、その子が何をできるようになるかの方が大切です」
「何をさせるつもりなのじゃ」
「まず、市を回すことを覚えてもらいます」
八郎は当然のように答えた。
湯釜の薪を運ぶ。
炊き出しの飯をよそう。
農民が持ってきた米や野菜を量る。
帳面へ数字を書き、相場表を読み、どこで何が不足しているのか考える。
「八郎家の子であろうと、島津の姫君の子であろうと、最初から特別扱いはいたしません」
「湯釜の薪運びからか」
「はい。現場を知らない者へ、市も領地も任せられませんから」
一通りの仕事ができるようになった後、適性を見る。
商いに向くなら市や商会を任せる。
領民の話を聞けるなら、姫君の実家や新しく得た土地の領主として送り出してもよい。
武に向くなら、島津本家や分家のもとへ預け、兵の動かし方や武芸を学ばせる。
「島津の血を引く孫なら、こちらでしごいてやろう」
忠良が嬉しそうに言った。
「それも一つですね。ただし、九州が平和であるなら、まずは市を回せることを覚えさせたいです」
「武だけでは駄目か」
「この領地を維持するには、商いも武も必要です」
金がなければ兵は動かせない。
兵がいなければ市や交易路を守れない。
どちらか一方だけでは、八郎家の仕組みは続かなかった。
「僕に子供ができても、そこは同じです。僕の子だからという理由だけで、すぐ後継にはしません」
「なかなか厳しい父親になりそうじゃな」
「責任が伴いますからね」
相場表を読み、帳面を理解し、農民や商人、侍の話を聞く。
必要なら武芸も学び、兵を率いる。
「覚えなければならないことが多すぎる気もいたしますが」
夏姫が少し不安そうに言った。
「そこなんですよね」
八郎は腕を組んだ。
「途中で嫌になって、ぐれたらどうしようかという心配は、今からしております」
「まだ子もできておらぬのに、そこまで考えておるのか」
「使い物にならなかったら、遠国へ遊学にでも出しますかね」
「五歳児が、自分の子供の遊学先を考えるな」
忠良が声を上げて笑った。
「八郎商会の中で生き残るのは、ずいぶん大変そうじゃな」
「生き残るという言い方はやめてください。適性を見て、できる仕事を任せるだけです」
「湯釜の薪運びから始めさせる家で、それを言うてもな」
周囲にも笑いが広がった。
八郎は、話題を九州の縁談へ戻した。
「島津だけでなく、龍造寺の姫君たちの縁も考えたいと思っております」
兄たちが側室候補から外した姫君についても、放置するつもりはない。
八郎家の重臣、大友家、大内家、有馬、松浦など、九州の有力な家と縁をつなぐ。
大内から遊学へ来る姫君についても、本人が望むなら、よい相手を探すつもりだった。
「九州中の家を親戚にするつもりか」
「縁があれば、戦の前に話し合えますからね」
「やはり、戦以外のところでは抜け目がないな」
忠良は満足そうにうなずいた。
「ならば島津は、武の方で働こう。日向へ着いたら、各地の兵を集めて模擬戦をさせる」
「お願いいたします」
「八郎の下にぶら下がって、利益だけを受け取るわけにはいかぬからな」
「また親戚としての面子でございますか」
貴久が尋ねると、忠良は胸を張った。
「当然じゃ。娘を二人も迎えてもろうたのだからな」
「だから、その父親面が恥ずかしいと申しているのです」
夏姫が再びたしなめ、休憩地は笑いに包まれた。
一万四千の本隊は、各地の兵を少しずつ一つにまとめながら日向を目指す。
その道中では、四国をどう攻めるかだけでなく、まだ生まれてもいない子供たちを、
どう八郎商会で鍛えるかという話まで進んでいたのであった。




