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1535年6月1週目。帳面合わせから数日後、島津本家にも夏姫の縁談を含め色々情報が入る。忠良は大喜び。島津本家としての役割を感じ始める。

 六月一週目の帳面合わせから数日後、島津本家にも、二つの縁談が

 正式にまとまったとの知らせが届いた。

 一つは、夏姫が八郎の側室として迎えられること。

 もう一つは、同じく島津本家から八郎領へ送られていた姫君が、八郎の兄である五郎の

 側室となることだった。

「おお、二つとも決まったか」

 知らせを受けた島津忠良は、膝を打って喜んだ。

 隣に座る息子の貴久も、満足そうにうなずいている。

「これで、八郎家との縁もさらに深くなりましたな」

「うむ。夏だけでなく、もう一人まで八郎の兄へ入るとは、めでたいことじゃ」

 八郎家は、今や九州の大半に市と交易の仕組みを広げている。

 さらに大友家、大内家との一年停戦をまとめ、今度は二万を超える兵を率いて伊予と土佐へ

 向かおうとしていた。

「伊予と土佐まで束ねれば、八郎家は名実ともに大大名じゃな」

「すでに領地と影響力だけなら、大内家にも並びかねませぬ」

「そこへ娘を二人も入れられた。島津にとっても、悪い話ではない」

 忠良は、夏姫から届いた書状を改めて眺めた。

「それにしても、夏はようやったわ」

「八郎様とは、ずいぶん年が離れておりますからな」

「最初は、五歳の子をかわいがる姉のようなものかと思うておったが、

 きちんと側室として話がまとまったのじゃな」

 夏姫は八郎のそばで、市や帳面合わせを手伝いながら暮らしている。

 無理に自分をよく見せようとするのではなく、八郎が考える仕組みを面白がり、

 領民たちと一緒になって働いていた。

 その姿を八郎も、以前からよく見ていたのだろう。

「ただ、八郎様は帳面合わせの席で、子を作るのは七年か八年ほど先になると、

 はっきり申されたそうです」

 貴久がそう言うと、忠良は声を上げて笑った。

「そこだけ、えらく具体的じゃな」

「まだ五歳でございますから、当然ではありますが」

「兄たちの側室は早う決めよと急かしておいて、自分のことになると七年待てとはな」

「それでも、曖昧にせず、夏を正式に迎えると決めてくださったことはありがたい話です」

「うむ。真剣に考えてくれておるのが分かる」

 何より、夏姫本人が楽しそうにしている。

 それならば、父親として不満はなかった。

「八郎様は、伊予へ向かわれる際に、島津本家ともゆっくり話す場を作りたいと

 申しておられるようです」

「ならば、わしも行くぞ」

 忠良はすぐに言った。

「八郎と話をせねばならぬからな」

「なぜ急に、ご自分よりはるかに大きな勢力の当主を、息子のように扱われるのですか」

「娘を二人も迎えてくれたのじゃ。息子のようなものではないか」

「八郎様が聞いたら、困られると思いますが」

「親戚になったことに変わりはあるまい」

 忠良はまったく気にしていない。

 夏姫だけでなく、もう一人の姫君も八郎の兄へ嫁ぐ。

 さらに豊後では、島津や周辺の家から来た姫君たちと、大友家の重臣の子息との

 縁談も三つほど進んでいた。

「八郎は、島津本家だけを大事にしておるわけではない」

「島津分家も、龍造寺も、大友も、それぞれ縁を結んでおりますからな」

「九州中の家を、婚姻でつなごうとしておる」

 城を落とし、土地を奪うだけではない。

 市を置き、借金を返し、交易で利を分け、最後に家同士の縁まで結ぶ。

 それが八郎のやり方だった。

「九州を取るつもりかどうかは知らぬが、もうほとんど取ったようなものじゃ」

「大内家も、博多と交易路を開き、明との交易に八郎商会を加えることになりました」

「大内も、八郎の毒を食らうたということじゃな」

 八郎商会との交易が大きくなればなるほど、大内にとっても八郎家が必要になる。

 最初は攻められないための停戦だったとしても、商いが回り始めれば、簡単には関係を切れない。

「大内家が姫君を遊学へ送るのも、同じ考えじゃろうな」

「八郎家との縁を作りたいのでしょう」

「八郎も、その姫君を大内へ返すだけでは終わらせまい。九州の有力者か、

 八郎家の重臣との縁を考えておるはずじゃ」

「戦以外のところでは、本当に隙がございませんな」

 貴久が感心すると、忠良は少し表情を引き締めた。

「だからこそ、島津には島津の役目がいる」

「武でございますか」

「うむ。市も帳面も縁談も、八郎に任せきりではいかぬ」

 四国へは、肥前、肥後、薩摩、大隅、日向など、さまざまな土地から兵が集まる。

 これまで別々の家に仕えていた兵を、八郎軍として一つにまとめなければならない。

「伊予へ渡る前に、模擬戦でもさせるか」

「島津本家と分家で、兵の鍛錬を担うのでございますか」

「そうじゃ。隊の動かし方、合図、船から降りた後の並び方。八郎は商いに強いが、

 兵をしばき上げるところまで一人でさせる必要はない」

「我らが武の部分を支えると」

「役割を出していかねば、本当に八郎の下へぶら下がっておるだけになるからな」

 忠良は腕を組んだ。

「親戚となった以上、何もせず利益だけ受け取るのは恥ずかしい」

「今日は、ずいぶん親戚という言葉を押されますな」

「めでたい日なのじゃから、何度言うてもよい」

 忠良は上機嫌だった。

「芋焼酎も、定期的に入ってくるようになったしな」

「結局、そこも大事なのでございますね」

「娘は幸せになり、島津は八郎家とつながり、酒まで入る。よいことばかりではないか」

 二人は笑った。

 しばらくして、忠良が少しだけ声を落とした。

「春にも、そろそろ子ができればと思うのじゃがな」

「また孫の話でございますか」

「夏は七、八年待たねばならぬのじゃろう。ならば、春の方に少し期待してもよかろう」

「父上から何度も言えば、重荷になります」

「分かっておる。あまり言い過ぎるつもりはない」

「先ほどから、十分に言っておられます」

「ここで話しておるだけじゃ」

 忠良は少し不満そうにしながらも、それ以上は口にしなかった。

「お節介をしすぎれば、また姫君たちに嫌われますぞ」

「それは困るな」

「ならば、今は四国へ向かう兵を鍛えることを考えてください」

「うむ。それが島津の仕事じゃな」

 二人の姫君が八郎家との縁を結んだことで、島津本家はまた一つ、

 八郎の作る大きな流れの中へ入った。

 ただ、その流れへ乗るだけではない。

 島津は武を担い、八郎家を支える。

 忠良と貴久は、伊予への出陣を前に、島津が果たすべき新しい役割を考え始めていた。

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