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1535年6月1週目。四国出陣の前の帳面合わせ。八郎が夏姫を側室にする。五郎が島津の姫君を迎える。

六月一週目、八郎の屋敷では、四国出兵前としては最後になる帳面合わせが開かれていた。

「まず、お伝えしておかなければならないことがあります」

 八郎は並んだ帳面を見渡してから、重臣たちへ向き直った。

「今回を区切りとして、八郎領内で大きく借金を消す作業は、しばらく止めます」

 広間がわずかにざわめいた。

「返済そのものを止めるわけではありません。市の仕入れも、給金も、日々の支払いも

 今までどおり続けてください。ただ、僕が伊予へ向かいますので、証文を一枚ずつ

 確認して帳面から消す作業は、帰ってくるまで控えていただきます」

 借金の整理は、ただ銭を渡せば終わるものではない。

 農民、侍、城ごとに証文を分け、利息や返済済みの額を確かめなければならない。

 八郎が不在の間に無理に進め、後から数字が合わなくなる方が困る。

「四国へは、各地から二千人ずつ、合わせて一万四千ほどの本隊を動かします」

 すでに先遣隊七千が、南予へ向けて進んでいる。

 本隊が合流すれば、総勢二万一千ほどになる。

「その間、九州の市と領内の仕事については、皆様にお願いいたします」

「承知いたしました」

 重臣たちがそろって頭を下げた。

「それから、家のことについても二つ、お知らせがあります」

 八郎は少し姿勢を正した。

「島津本家の夏姫様を、正式に僕の側室としてお迎えすることになりました」

 広間から祝いの声が上がる。

「ただし、僕はまだ五歳です。子をもうける話は、七年か八年ほど先になります」

「そこだけは、相変わらず具体的でございますな」

「大事なところですからね」

 笑いが広がる中、夏姫が八郎の近くで静かに頭を下げた。

「もう一つ、五郎兄様も、島津家の姫君を側室へ迎えられます」

 今度は五郎へ視線が集まった。

「正確には、姫君の方が勇気を出して五郎兄様へ気持ちを伝え、ようやく話がまとまりました」

「また姫が頑張ったことを強調するんか」

「実際、姫君が頑張られましたから」

 五郎が顔を赤くし、周囲から再び笑い声が上がった。

 本来なら島津本家へ改めて挨拶に赴き、正式な祝いの席を設けるべきである。

 しかし、四国への出兵が迫っている。

「今回は、伊予へ向かう道中や、市の立ち上げの合間に、ゆっくり話をする時間を作りたいと

 思っております」

「戦へ行く途中に婚姻の話をするのでございますか」

「宴会をする時間くらいはあるでしょう」

「また城を囲んで宴会ですか」

「できれば、囲む前に宴会をしたいですね」

 八郎は平然と答えた。

「龍造寺家の姫君たちについても、できればよい縁を結びたいと思っております」

 八郎や兄たちが側室として迎えない姫君については、いつまでも候補として待たせるつもりはない。

 八郎家の重臣、大友家や大内家の有力者、そのほか九州各地の家へ話を広げ、別の縁を探す。

「迎える意思がないなら、早めに伝えることも優しさです。そのうえで、僕が別の殿方を探します」

「八郎様が九州中の縁談を取り仕切られるのでございますな」

「市だけでなく、縁も順番につないでいけばよいと思っております」

 大内、大友、八郎家の三者による一年間の停戦がまとまり、少なくとも来年五月までは、

 九州北部で大きな戦が起こる可能性は下がった。

「その一年の間に、打てる手を打ちます」

 まずは伊予と土佐を束ねる。

 阿波と讃岐には深く入らず、三好家と直接ぶつからないところで止める。

「四国が一息つけば、次は琉球との関係も整えたいですね」

「琉球も傘下へ入れられるのでございますか」

「無理に領地にする必要はありません。交易が安定し、こちらと争わない形になれば十分です」

 八郎は交易の帳面を開いた。

「今週の交易利益は九百万文でした」

 豊後、肥前、肥後、薩摩、日向を結ぶ流れが整い、以前よりも空荷の船や荷車が減っている。

「これに博多と大内領内の交易が加われば、二千万文ほどまで伸びる可能性があります」

「倍以上でございますか」

「さらに明との交易へ荷を載せられるようになれば、時期によっては四千万文ほど動くかもしれません」

 広間が大きくざわめいた。

 明から入る絹、陶磁器、薬種、銅銭。

 九州から送る硫黄、刀、工芸品、加工品。

 それらを博多と大内領の交易路へ乗せれば、これまでとは桁の違う利益が生まれる。

「その利益で、九州と四国に残る借金を順番に消していきましょう」

「九州と中国地方を三家で押さえ、次は四国ですか」

 重臣の一人が、感慨深そうに言った。

「日の本全体が、少しずつ見えてまいりましたな」

「僕がまだ五歳ということを考えれば、十分すぎるほど時間はありますね」

 八郎が答えると、また笑いが起こった。

「だからといって、足元をおろそかにしてはいけません」

 大きな戦や交易の話だけでなく、家々の縁を整えることも必要だった。

「皆様の家にも、年頃の若者がおられるでしょう。近くによい縁がなければ、遠方の家も探します」

 有馬、松浦、龍造寺、島津、大友、大内。

 八郎家が間に入れば、これまで縁のなかった家同士でも話をつなげられる。

「僕は家格の細かなところまでは、まだよく分かりません。ですが、若い男女がおり、

 双方が嫌でないなら、縁を作る手伝いはできます」

「市を作るのと同時に、縁談まで進められるのですか」

「人が行き来すれば、市も回ります。家同士が親戚になれば、争いも減ります。

 どちらも同じようなものです」

「同じではないと思いますが」

「似たようなものでしょう」

 広間に笑いが広がった。

「まずは九州を安定させ、四国と中国地方への道を固めます。その後、順番に東へ進みましょう」

「おお」

 重臣たちから力強い声が上がった。

 六月一週目。

 借金返済の帳面は、いったん閉じられる。

 その代わり、二万を超える兵、市を立ち上げる商人、帳面役、料理人たちが、

 海の向こうへ動き始める。

 八郎家は、九州で積み上げた仕組みを、そのまま伊予と土佐へ持ち込もうとしていた。

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