1535年5月3週目。大友の家と姫君との縁談が決まる。始終ご縁があるように45万文祝儀を渡そうとするも却下。十分なご縁で15万文になる。
南予へ送る兵や船の準備が進む一方で、八郎のもとには、もう一つ喜ばしい知らせが届いていた。
「豊後へ同行していた姫君たちのうち、三名ほど、縁談がまとまりそうでございます」
報告を受けた八郎は、四国の絵図から顔を上げた。
「それは、まことに喜ばしいことですね」
まだ正式に婚姻が決まったわけではない。
しかし、姫君たちと大友家の重臣の子息たちは、市の立ち上げや帳面の確認を共にするうちに
親しくなっていた。姫君たちが一度それぞれの家へ戻り、父親や当主同士で話を進めれば、
三組ほどはまとまる見込みだという。
「縁が結ばれるということは、九州の治安が安定することにほかなりません」
八郎は真剣な顔で言った。
婚姻によって二つの家が親戚になれば、何か揉め事が起きても、すぐに兵を出すのではなく、
まず姫君や婿、その親族を通して話し合うようになる。
市と交易で利益を共有し、婚姻で家同士をつなぐ。
八郎にとって縁談は、単なる若者同士の祝い事ではない。九州全体の争いを減らすための、
大切な仕組みの一つだった。
「それでは、お祝いとして、一人につき四十五万文をお渡ししましょう」
八郎が当然のように言うと、広間が静まり返った。
「……一人につき、四十五万文でございますか」
「はい」
「三組なら、百三十五万文になりますが」
「そうなりますね」
帳面役が慌てて身を乗り出した。
「八郎様。一組の婚姻に、どれほどの祝儀を渡そうとしておられるのですか」
「四十五万文です。始終ご縁がありますように、という意味です」
「始終、ご縁?」
「はい。四十五を続けて読めば、しじゅうご、となるでしょう」
八郎は指を折りながら説明した。
「四十五万文の『四十五』を『しじゅうご』と読んで、『始終、ご縁がありますように』と
願うわけです。始終というのは、初めから終わりまで、ずっとという意味ですからね」
「つまり、夫婦の縁が最初から最後まで、末永く続きますようにと」
「その通りです」
「意味は分かりましたが、だからといって四十五万文を三人へ配る理由にはなりません」
帳面役がきっぱり言うと、兄たちも一斉にうなずいた。
「八郎、お前、最近は毎週何千万文も動かしとるから、金銭感覚がおかしなってへんか」
「一つの縁談で争いが一つ減る可能性もありますよ」
「それでも多いわ」
周囲から止められ、八郎は少し考えた。
「分かりました。では、三組合わせて四十五万文にしましょう」
「一組につき十五万文でございますな」
「はい。十分なご縁がありますように、という意味になります」
帳面役は再び嫌な予感がしたように眉を寄せた。
「今度は十五万文に、どのような意味を持たせたのでございますか」
「十五の『十』は、十分の十です」
「はあ」
「そして五は、ご縁の『ご』です。ですから十五万文で、『十分、ご縁がありますように』となります」
「十分なご縁がありますように、という願掛けですか」
「はい。四十五万文なら、始終ご縁がありますように。一組十五万文なら、
十分なご縁がありますように。どちらも縁談の祝儀としては、まことに縁起がよいでしょう」
八郎は自信満々に説明した。
帳面役はしばらく黙った後、深いため息をついた。
「その語呂合わせを成立させるために、祝儀の金額を決めるのをやめていただけませんか」
「覚えやすいではありませんか」
「帳面役としては覚えやすいですが、祝儀は帳面の覚えやすさで決めるものではございません」
広間に笑いが起こった。
「それだけではありませんよ」
八郎は、なおも真面目に続けた。
「姫君たちが持参金を持って嫁ぎ、その土地の市で使えば、嫁ぎ先にも溶け込み
やすくなると思うのです」
「ほら、また商いの話が始まった」
「大事なことでございます」
嫁いだ姫君が、地元の市で布団や衣服、器を買う。
日々の食事に必要な米、野菜、魚や調味料も、嫁ぎ先の領内で買う。
姫君自身が市へ顔を出せば、領民たちも新しく嫁いできた姫君の姿を知ることができる。
「あの姫君は、うちの市で買い物をしてくださる」
「うちの米や野菜を食べてくださっている」
そう思ってもらえれば、ただ遠くの家から来た姫君ではなく、
その土地で暮らす一人として受け入れられやすくなる。
「持参金を屋敷の奥へしまうだけでなく、市で使っていただけば、姫君の暮らしも整い、市も回ります」
「その理屈だけを聞けば、もっともらしく思えますな」
「でしょう」
「しかし、その前に『始終ご縁』『十分なご縁』という話がございますので、
語呂合わせに後から理屈を足したようにしか聞こえません」
「後からではありませんよ」
八郎が否定すると、兄たちから笑いが漏れた。
「まあ、縁が増えることはよいことです」
八郎は三人の姫君の名が記された帳面へ目を落とした。
「婚姻によって家同士の話し合いが増えれば、九州の治安はよくなります。
治安がよくなれば、市も交易も安定し、八郎家も盤石になります」
「結局、最後は八郎家の利益へ戻るのですね」
「皆が平和に暮らした結果として利益が増えるなら、よいことではありませんか」
八郎は改めて、一組十五万文、三組合計四十五万文と決めた。
「これくらいは、僕にさせてください。三組すべてに十分なご縁があり、
そのご縁が始終続くようにというお祝いです」
「両方の意味を入れてこられましたな」
「無駄がないでしょう」
こうして、縁談がまとまりそうな三組へ、八郎家から合計四十五万文の祝儀を渡すことが決まった。
八郎にとっては、姫君たちの新しい暮らしを支え、市を回し、九州の家々を結びつけるための
銭である。
もっとも周囲の者たちは最後まで、
「結局、始終ご縁と言いたかっただけではないか」
という疑いを捨て切れなかったのであった。




