1535年5月3週目。伊予への先遣隊の話としばらくの休養。大内との大筋が決まるまで家族でご飯を食べなさいと母上から言われる。
五月三週目、八郎は豊後から戻ってきた兄たちを集め、しばらく休むように伝えた。
「兄様方は、とりあえず一週間ほどゆっくりしてください」
「一週間もええんか」
「大友様、大内様、うちの三者で話し合いが始まりますが、きちんと方向が決まるまでは、
僕たちも本格的には動きません。それに、遠方での仕事でお疲れでしょう」
大友商会の市を立ち上げ、芋の作付けを整え、姫君たちの縁談にまで付き合ってきた。
兄たちが疲れていないはずがない。
「ほんまやで」
横から母が口を挟んだ。
「あんたは兄様方を働かせすぎや」
「国土が広くなって、見なければならないところが増えたので」
「それは言い訳や」
母はぴしゃりと言い切った。
「休ませられる時には、ちゃんと休ませてあげんとあかん。姫様方にばっかり相手を任せんと、
家族で過ごす時間も大事や」
「別に、姫様方へ押しつけているわけでは」
「毎朝、皆で顔を合わせて飯を食べる。それを一週間続けること」
「決定事項なんですね」
「当たり前や」
こうして八郎家では、久しぶりに兄弟と父母がそろって朝餉を食べる日が続いた。
もっとも、完全に仕事から離れられたわけではない。
大内と大友からは、停戦条件についての書状が次々と届いていた。
博多の市の開放。
大内領内の交易路。
明との交易に八郎商会の荷を載せる割合。
大友へ譲られる筑後の領地。
一年間の相互不可侵。
大筋ではまとまりそうだったが、細かい取り決めには、まだ時間がかかりそうだった。
「話が確実にまとまるのは、もう少し先でしょうね」
朝餉の席で八郎が言った。
「なら、しばらくここにおるんか」
次郎が尋ねると、八郎は首を横に振った。
「一週間ほどしたら、僕も出ます」
「どこへや」
「日向です」
兄たちが箸を止めた。
「俺らを休ませといて、当主のお前だけ行くんか」
「いきなり南予へ渡るわけではありませんよ。一週間ほどかけて、ゆっくり日向まで向かいます」
「それ、休みながら進軍する言うてるだけやろ」
三郎があきれた顔をした。
「軍の立ち上げもありますからね」
八郎は平然と答えた。
すでに肥前、肥後、薩摩、島津本家、島津分家、大隅、日向へ、各千人を集めるよう話を出している。
合わせて七千人。
「先遣隊の七千は、今週中に各地を出てもらいます。道中で合流しながら、日向の北側の港へ
集まってもらいます」
「そのまま南予へ渡すんか」
「はい。まずは港の警備と、交渉の前段階です」
南予では、すでに八郎商会の者たちが炊き出しを行い、国人衆や農民から借金や暮らしの
困り事を聞いている。
そこへ七千の兵を入れる。
ただし、すぐに城を攻めるつもりはなかった。
「八郎家の傘下へ入るのか。市を受け入れたうえで傘下へ入るのか。それとも、こちらと
対峙するのか。まず態度を決めてもらいます」
「七千人を見せながら聞くんやな」
「安心して話し合っていただくための警備です」
「どこが安心やねん」
兄たちから笑いが漏れた。
「どのみち、相手もすぐには決められないでしょう。周囲の国人衆を集めて相談する時間も必要です」
南予の西園寺家やその周辺は、これまでの炊き出しや市の話から、比較的折れてくれる可能性が高い。
問題は土佐一条家だった。
「土佐一条家は名門ですからね。家格を理由に抵抗するかもしれませんし、周囲の国人衆を集めて対抗しようとするかもしれません」
「西園寺の方は、何となく話に乗りそうなんか」
「今までの報告を見る限りでは。ただ、油断はできません」
先遣隊が西園寺家や周辺国人衆と交渉している間に、大内、大友との停戦も固まっていく。
そこで土佐一条家が抵抗するようなら、八郎が本隊を連れて海を渡る。
「本隊は、どれくらいになるんや」
「一万四千ほどを考えております」
「先遣隊と合わせて二万一千か」
「だいたい二万ですね」
三郎は四国の絵図を見ながら言った。
「二万で伊予と土佐を取るわけやな」
「取るという言い方はよくありません」
「ほな、何て言うねん」
「仲よくしていただく、です」
八郎は真顔で答えた。
「市を入れ、借金を整理し、城と所領はそのまま残す。そのうえで、八郎家と仲よくしていただきます」
「城を二万で囲んでから言う話ちゃうやろ」
「言葉は柔らかくした方が、相手も受け入れやすいですから」
そこで、黙って話を聞いていた母が八郎を見た。
「八郎」
「はい」
「柔らかく言うたら、何でもええもんになるわけちゃうぞ」
「戦をするよりは、仲よくする方がええでしょう」
「二万も連れて行って、仲よくしてくださいは無理があるやろ」
母の言葉に、兄たちは一斉にうなずいた。
「母上の言う通りや」
「八郎は最近、言葉でごまかしすぎやで」
「ごまかしておりません。できるだけ平和的に進めたいだけです」
「ほな、まず朝飯をゆっくり食べなさい」
母は八郎の空になった椀へ、もう一杯飯をよそった。
「四国も大内も逃げへん。兄様方と飯を食べる一週間ぐらい、ちゃんと守り」
「分かりました」
八郎は少し困った顔で飯を受け取った。
一週間後には、七千の先遣隊が南予へ渡る。
その後、八郎は一万四千の本隊を率いて日向へ向かう。
目標は伊予と土佐。
ただし八郎の言葉では、四国を取るのではない。
二万の兵を連れて、仲よくしてもらいに行くだけなのであった。




