1553年1月。庄屋の集まりでメンヘラオジサン博之の転生した八郎が今よりマシな環境に日本中したいという野望を語るwww
庄屋衆の集まりは、しばらく笑いに包まれていた。
だが、八郎は帳面を閉じず、少し考えるようにして口を開いた。
「とりあえず、私が考える一番よい環境というか」
「ましな環境について話してもいいですか」
庄屋たちは顔を見合わせる。
「ましな環境?」
「はい」
「ほう、聞かせてくれ」
和尚も静かに頷いた。
八郎は小さな手で指を折りながら話し始める。
「まず、農作業です」
「農か」
「はい」
「農作業は必要です」
「米を作らないと食べられません」
「でも」
「今より少し楽にしたいんです」
庄屋たちは黙る。
「杵の話もあります」
「水車の力で米をつけないか、という話です」
「ああ、あれやな」
「はい」
「それから肥の話」
「糞尿や草をすぐ田に入れるのではなく、混ぜてしばらく置く」
「それで田が良くなるかもしれません」
「それも試したいです」
一人の庄屋が頷く。
「うまくいけば肥が増えるな」
「はい」
「それと雑草取りです」
「草取りか」
「これがしんどい」
何人かが苦笑した。
「もう少し楽にできないか考えたいです」
八郎は続ける。
「港で網を見ました」
「網?」
「はい」
「網の目のように、田んぼへ印をつけて」
「そこへ同じ間隔で稲を植える」
「そうすれば後で草を取る時、列が揃って少し楽になるかもしれません」
庄屋たちは顔を見合わせる。
「……なるほどな」
「列が揃えば歩きやすいか」
「道具も入れやすいかもしれん」
「はい」
八郎は頷いた。
「あと、三つ又の鍬もありますよね」
「あるな」
「あれをもう少し細かい形にして」
「稲の間の草をかき取るようなものができないか」
「それも考えています」
和尚が笑った。
「また職人の出番じゃな」
「はい」
「お金がかかります」
「でも、楽になるなら出す価値があります」
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「農作業を少し楽にして」
八郎は続ける。
「ゆっくり寝られるようにしたいです」
その言葉に、場が少し静かになった。
「ゆっくり寝る、か」
「はい」
「疲れすぎて倒れるように寝るのではなく」
「体を拭いて」
「温かい布団で」
「ちゃんと寝る」
「それができるようにしたいです」
誰かが小さく笑った。
「贅沢やな」
「贅沢です」
八郎は素直に答えた。
「でも、贅沢と言っても」
「飯が食えて」
「体をきれいにして」
「あったかく寝る」
「それくらいは、できるようになりたいです」
母親たちの苦労を知る庄屋たちは、誰も笑わなくなった。
「それから、美味しいご飯です」
「それはお前の得意分野やな」
「はい」
少し笑いが戻る。
「飢えないだけではなく」
「美味しいものを食べたいと思える暮らし」
「そこまで行けたら、少し良いと思っています」
「あと」
「まだあるか」
「戦は少なめで」
その言葉に、皆が苦笑した。
「それが一番難しいわ」
「はい」
「でも、難民にならない暮らしは作りたいです」
八郎は真面目な顔だった。
「戦があっても」
「米が取れなくても」
「商いがあり」
「山菜取りがあり」
「薪割りがあり」
「魚の加工があり」
「湯浴みの仕事があり」
「誰かが来ても抱えられるような場所」
「そういうのができればいいです」
庄屋たちは黙った。
それはもう、一つの家の話ではない。
村の話でもない。
小さな国の話だった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「まずは湯浴みです」
八郎は言った。
「体を拭いて気持ちよく寝られるようにする」
「それだけでも疲れが違うと思います」
「そして三人雇います」
「一日百文ほど利益が出れば」
「月三千文」
「その金で次の釜を買います」
「順番に増やします」
「一つ見せないと、誰も納得しません」
一人の庄屋が静かに言った。
「いや」
「はい?」
「もう道筋が見えただけでもだいぶ違う」
別の庄屋も頷く。
「前は絶望しかなかった」
「十六万文の借り入れなんて、どうしようもないと思っとった」
「でも今は」
「少なくとも、何をすればええか見えとる」
八郎は少し困った顔をした。
「でも、たかだか千五百石です」
「たかだか言うな」
すぐに突っ込みが入った。
「わしらの暮らし全部入っとるわ」
笑いが起きる。
八郎も少し笑った。
「でも、本当にそうなんです」
「千五百石でできることは限られます」
「領主様には数百の兵があります」
「争いが起これば荒らされる可能性もあります」
「私たちだけでは守れないことも多いです」
和尚がじっと八郎を見る。
「だからこそ」
八郎は続けた。
「任される地域が増えるなら」
「あるいは、よそで苦しんだ人たちが逃げてくるなら」
「受け入れられる仕事を作っておきたいんです」
「薪割り」
「山菜取り」
「漬物作り」
「魚の加工」
「湯浴み」
「飯屋」
「そういうものがあれば、難民になった人にも仕事を渡せます」
「銭を渡せます」
「飯を食べさせられます」
「……」
場は静かだった。
一人の庄屋がつぶやく。
「お前、見てるところが国やな」
和尚も頷いた。
「もう庄屋の八男ではない目をしとる」
八郎は慌てる。
「いやいや」
「私は近くに困っている人がいれば助けたいだけです」
「それが広がれば」
「日の本全体に行く可能性はゼロではありませんけど」
その瞬間、全員が固まった。
「日の本?」
「言うたな」
「三歳児が日の本言うたぞ」
八郎はしまった、という顔をする。
「いえ、可能性の話です」
「でもまずはできることを積み上げます」
「私は子供ですから」
その言葉に、庄屋たちが一斉に突っ込んだ。
「そこで子供を出すな!」
「さっき国の話しとったやろ!」
「領主追い出す話もしてたやないか!」
「まだ追い出しません」
「まだ言うた!」
今度こそ、大きな笑いが起こった。
だが、その笑いは明るかった。
重税。
借金。
戦。
飢え。
その全てが消えたわけではない。
けれど、三歳の八郎が語る「ましな暮らし」は、誰もが一度は夢見たものだった。
腹いっぱい食べる。
体を拭く。
温かく寝る。
戦で家を失わない。
それだけのことが、この時代には夢だった。
そして今、その夢に向けて、ほんの少しだけ道が見え始めていた。




