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1535年5月2週目。大内で八郎の返事を読み、話がまとまりそうだと当主が感じる。

五月二週目、大内の当主のもとへ、八郎からの返書が届けられた。

 当主は書状をゆっくりと読み進め、途中で何度か小さくうなずいた。

「これは、おそらく話がまとまるな」

「八郎殿は、どのような返事をされたのでございますか」

「大内から差し出す土地は、自分には必要ないそうじゃ」

 家臣たちの間に、驚きの声が上がった。

「土地を受け取られないのでございますか」

「そのようじゃ。土地をもらえば、城や侍、農民が抱えておる借金までついてくる。

 今は肥前をはじめ、すでに抱えておる土地の立て直しを優先したいと書いてある」

 大内家が差し出そうとしていたのは、決して小さな所領ではない。

 普通の当主であれば、一兵も失わずに領地が増えると聞けば、迷わず飛びつくだろう。

 しかし八郎は、それを断った。

「その代わり、八郎殿が受け取らぬ分の土地を、大友へ譲ってはどうかと申しております」

「大友へ、でございますか」

「そうじゃ。そのうえで大内、大友、八郎の三者で、一年間の停戦を結ぶ。

 八郎だけが得をする形ではなく、大友にも土地と交易の利を与えれば、話を飲みやすくなると

 考えたのであろう」

 当主は書状を畳みながら、感心したように息を吐いた。

「よう交通整理をしおったわ」

 八郎は、大友との同盟を裏切らない。

 大内からの提案も無下には断らない。

 自分が土地を辞退することで、大内から大友へ譲歩する余地を作り、

 三者が停戦へ進める形に整えていた。

「明との交易へ参加させてほしいという話は、どうなさいますか」

「飲もう」

 大内の当主は即答した。

「本来なら、大友と八郎に九州の大内領をすべて奪われる可能性があった。

 それを一年避けられるのであれば、八郎商会の荷を明との交易へ加える程度は、受け入れてもよい」

 もちろん、好き勝手に船を使わせるわけではない。

 積荷の割合、出資額、利益の分配、大内側の商人との関係など、細かい条件は詰める必要がある。

 だが、交渉の余地は十分にあった。

「八郎殿は、自分の望みだけを押し通しておらぬ。こちらが飲みやすい形まで作ってくれておる」

「御年五歳とは、到底思えませぬな」

「まことに、ただ者ではないわ」

 当主は苦笑した。

「普通なら、土地が増えると喜んで飛びつく。だが八郎は、大友との筋を通し、

 そのうえで大内にも逃げ道を残した」

 だからこそ、敵に回したくない。

 力が強いだけの相手なら、兵を集めて対抗すればよい。

 しかし八郎は、市と借金整理で人を取り込み、縁談で家同士をつなぎ、

 戦を始める前から相手の周囲を固めていく。

「大友も、八郎家を通じて九州の家々との縁を結び始めておるそうじゃな」

「はい。大友家の重臣の子息と、島津などから来た姫君との間で、いくつか縁談が

 進んでいると聞いております」

「結局、九州中の縁まで八郎が取り仕切っておるではないか」

 形式上、各家は独立している。

 しかし、市と交易は八郎商会の仕組みでつながり、若者たちの婚姻も八郎家の仲介で決まっていく。

 何か大きな話を進める時には、今回のように八郎を軸として各家が動く。

「九州は、ほとんど八郎のものになったようなものじゃな」

「まだ大内家の領地も残っております」

「今はな」

 当主は静かに答えた。

「いずれ渡さねばならぬ時が来るかもしれん。だが、今回の停戦がまとまれば、

 それが少なくとも一年延びる」

 その一年で、九州領から取れる利益を取る。

 博多の商いをさらに整え、大内本領との交易を増やす。明との交易にも八郎商会を加え、

 敵ではなく、利益を分け合う相手として関係を作る。

「あとは、八郎の機嫌を損ねぬようにせねばならぬな」

「大内家ほどの家が、五歳児の機嫌を気にするというのも、妙な話でございます」

「まったく、訳の分からぬ状況になったものじゃ」

 部屋に苦笑が広がった。

 とはいえ、大内家には大内家の事情がある。

 領土が広いからこそ、尼子をはじめ多くの勢力と境を接し、いたるところへ兵と銭を

 回さなければならない。

「広い領地を持つというのも、楽ではないな」

「その通りでございます」

「結局、できることを一つずつ丁寧に進めるしかない」

 そのうえで、大友よりも八郎と仲良くしておきたいというのが、当主の本音だった。

「大友だけなら、これまで通り何とかできる」

「しかし、八郎家が加われば難しい、と」

「八郎のところは、国土も兵も商いも、大きくなりすぎておる。正面から敵に回すには、

 あまりに厄介じゃ」

 だから警戒はする。

 だが、警戒するだけでなく、縁も作っておきたい。

「停戦がまとまったら、こちらから姫を遊学させられぬか、打診してみよ」

「八郎家へ、でございますか」

「そうじゃ。すぐに八郎本人との婚姻でなくともよい。兄弟や、八郎家とつながる

 有力者との縁でも構わぬ」

 八郎家で暮らし、市や帳面合わせを学ばせる。

 そこで信頼できる相手が見つかれば、婚姻へ進めればよい。

「八郎家では、姫君が多すぎて困っているとの話もございますが」

 家臣がそう言うと、大内の当主は思わず笑った。

「姫が余って困るとは、何とも贅沢な悩みじゃな」

「八郎様は、無理に自分のもとへ嫁がせず、九州中の若者との縁を仲介されているそうです」

「ならば、なおさら話はできよう」

 大内の当主は、八郎の返書をもう一度開いた。

 大内と大友と八郎。

 これまでなら戦でしか決着しなかった三家が、五歳児の提案によって、

 土地、交易、婚姻を組み合わせた停戦へ進もうとしている。

「八郎とは、敵ではなく、商いと縁で付き合う方がよさそうじゃな」

「まことに」

 大内の当主はうなずき、返書を書くために筆を取った。

 一年間の停戦を受け入れること。

 明との交易参加を前向きに認めること。

 そして、大友への土地割譲について具体的な協議へ入ること。

 大内家は、八郎が用意した道筋の上で、戦ではなく交渉を選ぼうとしていた。

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