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1535年5月2週目。大友に八郎から早馬が届く。大内大友八郎の3者停戦の話。

五月二週目、大友家のもとへ八郎からの早馬が到着した。

 少し前には、豊後での役目を終えた八郎の兄たちが帰国している。その際、

大友家は停戦の際に受け取った一千万文に謝礼の一千万文を加え、

 合わせて二千万文を八郎家へ持たせた。

 市も動き始め、芋の作付けにも目処が立った。

 姫君たちと重臣の子息との縁談も、いくつかはまとまりそうである。

 そのため、大友の当主は比較的機嫌よく日々を過ごしていた。

 しかし、八郎から届いた書状を読み進めるうちに、その表情が次第に曇っていった。

「なんじゃ、これは」

「いかがなさいましたか」

「大内が八郎との交渉を始めおった」

 周囲の家臣たちがざわめく。

「本来は、大友と八郎で大内を九州から追い出す話であったはずじゃ。それを大内も察し、

 危ないと思うて、先に八郎へ条件を出してきたらしい」

 大内と大友は、長年にわたって筑前や筑後で小競り合いを続けてきた。

 大内としては、昔から争ってきた大友へ頭を下げるより、直接の遺恨が少ない

 八郎を懐柔した方がよいと判断したのだろう。

「大内としても、大友にはできるだけ領地を渡したくないのでしょうな」

「そういうことじゃろう。八郎を味方につければ、大友だけなら何とか止められると

 考えたのかもしれん」

 当主は不機嫌そうに書状を読み直した。

 大内が出してきた条件は、博多の市場を八郎商会へ開放すること。

 さらに、大内領内の港や道を使った交易を認めることだった。

「この二つについては、話がまとまりそうだと書いてある」

「八郎商会が博多へ入り、大内領内を通って瀬戸内や畿内まで荷を運べるということでございますか」

「そうじゃ」

 それだけでも、八郎家にとっては大きな利益になる。

 さらに八郎は、大内が行っている明との交易にも加えてほしいと求めていた。

「領地の割譲については、どうなっておりますか」

「大内は筑後の土地をいくらか八郎へ渡すつもりであったらしい。だが八郎は断っておる」

「領地を断ったのでございますか」

「借金だらけの土地をもらっても、立て直す手間が増えるだけだと書いてあるわ」

 大友の当主は、思わず苦笑した。

「相変わらず、普通の当主とは考え方が違うな」

 八郎は、大内から土地を受け取らない代わりに、その領地を大友への譲歩に使ってはどうかと

 提案していた。

 大友にも博多の市場と交易路を開放し、さらに筑前の一部を譲る。

 その条件で、大内、大友、八郎の三者が一年間の停戦を結べないかという話であった。

「八郎は、この件を大友へ隠すつもりはないようじゃな」

「むしろ、こちらへ先に相談してきております」

「それは分かっておる」

 当主が最も警戒していたのは、八郎と大内が同盟を結ぶことだった。

 そうなれば、大友は再び単独で大内と戦わなければならない。せっかく八郎と手を結び、

 九州から大内を追い出せる状況を作った意味がなくなる。

「同盟はせぬ。一年間の停戦だけ。その間に交易を試すという話らしい」

「それならば、大友家への裏切りとは申せませんな」

「うむ」

 大友の当主は腕を組んだ。

 何もしなければ、大内へ攻め込み、筑前や筑後を奪える可能性がある。

 しかし、そのためには一万五千から二万ほどの兵を出さなければならない。

 兵糧、武具、船、人足をそろえれば、相当な銭がかかる。

 戦に勝てる保証もない。

 一方、この提案を受ければ、一兵も出さずに大内から領地と交易権を得られる。

「大内も、ようここまで頭を下げてきたものじゃ」

「何もせずにおれば、九州の領地をすべて失う可能性がございますからな」

「まあ、そうじゃろうな」

 当主は書状に記された土地の話を指でなぞった。

「八郎が辞退した分、大友へ割譲するというなら、十万石ほどは出してもらいたいところじゃな」

「もう少し求めますか」

「欲を出せば、話そのものが崩れるかもしれん」

 大内は筑後の一部を差し出すつもりではいるが、どこまで譲るかは決まっていない。

 ここで二十万石、三十万石と求めれば、大内も戦を選ぶ可能性がある。

「十万石前後に加え、大友商会の博多での商いを認めさせる。それくらいなら、

 落としどころとしては十分じゃろう」

「では、この条件で停戦を受けますか」

「細かいところを詰めたうえで、一年間なら受けてもよい」

 家臣が深く頭を下げた。

「何もせず、十万石ほどの土地と博多での交易権を得られるのであれば、悪い話ではございません」

「確かにな」

 大友の当主は、まだ少し迷うように絵図を眺めた。

「ただ、攻められる時に攻めておくという考え方もある」

「八郎様は、今すぐ土地を増やすことより、肥前などに残る借金を片づけたいのでしょう」

「それに交易を強くしたい、か」

「はい。博多と明への道が開けば、領地を取る以上の利益が出る可能性もございます。

 それに八郎様は、四国の南予にも少しずつ手を伸ばしておられます」

 八郎家には、すでに複数の進むべき道がある。

 大内との戦だけに兵と銭を使うより、博多で交易を広げながら、南予への

 足場を整える方が効率はよい。

「八郎は、大内との停戦で浮いた兵と銭を、四国や借金返済へ回すつもりかもしれんな」

「おそらくは」

「ならば、大友家としても、新しく得た土地の整備へ力を使えばよい」

 筑後の一部を受け取れば、当然ながら、その土地の農民や侍、城の面倒を見なければならない。

 少し前までなら、それを負担と考えただろう。

 しかし今の大友家には、大友商会がある。

「市を立て、農民から仕入れ、借金を返す仕組みを、ちょうど教えてもらったところじゃからな」

「誠によい時期でございました」

「面倒を見る土地は増えるが、きちんと市を回せば、その分だけ後には利益も増える」

 当主はようやく顔を上げた。

「八郎へ返事を出せ。一年間の停戦については、前向きに受けるとな」

「承知いたしました」

「ただし、八郎と大内が同盟を結ぶことは認めぬ。あくまで三者の停戦じゃ。

 それから、大友家にも博多の市と交易路を開放すること。筑後の領地についても、

 具体的な場所と石高を示すよう求めよ」

「十万石ほどを目安にいたしますか」

「まずはその辺りで話を始めよう。あまり欲をかかずとも、一兵も出さずに得られるなら十分じゃ」

 家臣が書状を作るために立ち上がった。

「いやいや、八郎と組んでから、話が大きゅうなるばかりじゃな」

 大友の当主は、呆れたように笑った。

 少し前までは、大内と戦って土地を奪う話をしていた。

 それが今では、大内の側から領地と交易権を差し出し、一年間攻めないでほしいと頼んできている。

「まあ、ええんちゃうか」

 大友の当主は最後にそう言って、八郎への返書へ印を押した。

 一年間の停戦。

 博多の市場と交易路の開放。

 筑前の一部割譲。

 それがまとまれば、大友家は兵を一人も失わず、新たな領地を得る。

 そして大友商会は、豊後だけでなく、博多と筑前へも広がることになるのであった。

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