1535年5月1週目。大内からの使者が早馬で来る。博多の市場開放と交易の道の許可。大友との協議の上3者で交渉しようと八郎。
五月一週目の帳簿合わせを終えてしばらくして、大内家からの早馬が八郎の屋敷へ到着した。
「大内様から、急ぎのお使者でございます」
「大内様からですか」
八郎は少し首をかしげた。
まだこちらから大内へ、正式に兵を向けるとも、交渉を始めるとも伝えていない。
ただ、大友家と同盟を結び、豊後へ兄たちを派遣したことは、当然ながら大内の耳にも
入っているはずだった。
八郎は使者を広間へ通し、まずは話を聞くことにした。
「此度は、急な訪問をお許しください」
大内家の使者は深く頭を下げた。
「我が殿は、八郎様と大友様が同盟を結ばれたこと、また豊後に市や商会の仕組みを
伝えておられることも承知しております」
「そこまで伝わっておりますか」
「はい。大友商会が落ち着けば、次に大内家が持つ九州での権益へ目を向けられることも、
容易に想像できます」
使者は、そこで一度言葉を切った。
「腹を割って申し上げます。大友軍と八郎軍、合わせて五万近い兵に攻め寄せられれば、
九州にある大内領を守り切ることは難しいと考えております」
大友家だけなら、これまで通り城を固め、本州から援軍を送って押し返すこともできる。
しかし、そこに八郎家の兵二万五千から三万が加われば、話はまるで違う。
「そこで、戦になる前に八郎様とお話をさせていただきたい。殿は、そのように考えております」
「大友様ではなく、僕のところへ先に来られたのですね」
「大友家とは、長く小競り合いを続けてまいりました。殿としても、大友家へ大きく
譲ることには抵抗がございます」
その代わり、これまで直接争ってこなかった八郎家には、ある程度の譲歩ができるという。
「条件を聞かせてください」
「まず、博多の市を八郎商会へ開放いたします」
八郎の表情が少し変わった。
「八郎商会が博多に店や倉を構え、品物を仕入れ、船を入れることを認めます。
また、大内領内を通る交易路についても、利用を認める用意がございます」
「それは、ありがたいお話ですね」
「さらに、筑後にある大内領の一部を、八郎様へお譲りすることも検討しております」
「どれほどの土地ですか」
「具体的な石高や場所については、今後の協議になります。ただ、
十万石、あるいはそれ以上の譲渡も話し合う余地があると聞いております」
その条件と引き換えに、大内家は八郎家との同盟を望んでいた。
「八郎様が大友との連合から離れ、大内家と盟を結んでくだされば、九州での戦は避けられます」
八郎はすぐには答えなかった。
「ありがたい申し出ではございます。ただ、今すぐお返事することはできません」
「やはり、大友様との関係でございますか」
「はい。僕が大友様と一緒に大内様のことを考えていたのは事実です。
それなのに僕だけ博多の権益と土地をいただけば、大友様は面白くないでしょう」
大内家が大友へ土地を渡したくない気持ちは分かる。
しかし、それを理由に八郎だけが利益を受け取れば、せっかく築いた大友との信頼が崩れる。
「ですから、僕としては三者で、一定期間の停戦を結ぶ形が一番きれいではないかと思っております」
「大内、大友、八郎の三者でございますか」
「はい。一年ほど、相互に攻めない。調略も控える。その間に博多での商いを
実際に始めてみるという形です」
そして八郎は、領地については必要ないと伝えた。
「僕は筑後の土地をいただかなくても構いません」
「十万石ほどの領地でも、いらないと?」
「土地をいただけば、その土地の城、侍、農民の借金までついてくるでしょう」
八郎は苦笑した。
「肥前をはじめ、まだ立て直したい土地が多くあります。今は新しい借金を抱えるより、
博多の市へ入れる方がありがたいです」
八郎が望むのは、博多の市場への参加、港と倉庫の利用、大内領を通る交易路の確保だった。
「それから、もう一つだけ、わがままを申し上げてもよいでしょうか」
「何でございましょう」
「大内様が行っておられる、明との交易に混ぜていただきたいのです」
使者は目を見開いた。
「明との交易に、でございますか」
「はい。八郎商会の品を船に載せてもらう。向こうから届いた品を、こちらも
一定量仕入れられるようにしてもらう。利益の分け方は、もちろん相談させていただきます」
大内と正式な同盟を結べば、本州での戦にも関わる可能性がある。
尼子との戦へ兵や銭を求められるようになれば、八郎家の負担は大きい。
「ですから、同盟は今すぐには難しいです。まず一年の停戦と交易から始める。
その一年で約束を守れる相手か、お互いに見たらよいと思います」
「しかし、大友様が納得されますでしょうか」
「そこは、大友様にも利益が必要でしょう」
八郎は、大内家が八郎へ譲るつもりだった領地を、大友家への交渉材料にしてはどうかと提案した。
「僕が領地をいただかない分、大友様へ筑後の一部を譲る。それが難しければ、
大友商会にも博多での商いを認める。港の利益を一部渡す形でもよいでしょう」
大友家は一兵も出さずに、土地か権益を得られる。
八郎家は博多、大内領、明との交易へ参加できる。
大内家は九州領をすべて失う危険を、少なくとも一年は避けられる。
「まずは、そこから始めませんか」
八郎は穏やかに言った。
「僕も、この内容を書面にまとめて大友様へ送ります。同時に大内様にも、
三者で協議したいという返事を出します」
使者はしばらく考えた後、深く頭を下げた。
「博多の市の開放と、大内領内の交易路につきましては、殿から了承を得ております」
「ありがとうございます」
「ただ、明との交易への参加と、大友家への領地割譲については、私ではお答えできません」
「もちろんです。一度お持ち帰りください」
「八郎様が筑後の領地を望まず、その分を大友家との交渉に使ってもよいと考えておられることも、
必ずお伝えいたします」
「お願いします。僕だけが得をする話では、長続きしませんから」
使者は、改めて八郎を見た。
五歳の幼い当主が、目の前に差し出された十万石もの領地を断り、代わりに市場と交易を求めている。
しかも、それを自分の利益だけにせず、大友家の面子と利益まで考えて交渉材料にしようとしていた。
「それでは、一度大内へ戻り、殿へ報告いたします」
「よろしくお願いします」
こうして大内から持ち込まれた同盟の話は、その場で結ばれることはなかった。
代わりに、三者による一年の停戦。
博多の市場開放。
大内領内の交易路。
明との交易への参加。
そして大友家への一定の譲歩。
戦を始めれば五万の兵が動くはずだった九州で、まずは一枚の書面を巡る交渉が始まろうとしていた。




