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1535年5月1週目。大内が八郎の懐柔に動く。八郎と大友の連合軍は止められない。八郎にくさびを打ち込み大友を押さえる。博多の市の解放等

大友家と八郎家が同盟を結んだ時点で、大内家もいずれこうなることは察していた。

 大友は以前から、筑前や筑後を巡って大内と小競り合いを繰り返している。その大友が、

 九州南部から一気に勢力を伸ばした八郎と手を結んだ。

 何も起こらないと考える方が不自然だった。

「きな臭いとは思うておったが……」

 大内の当主は、広げた九州の絵図を眺めながら筆を進めていた。

「まさか、あの五歳児がここまで大きくなるとは思わなんだな」

 最初に八郎の名を聞いた時は、奇妙な市を作り、農民へ飯を食わせている幼い当主という

 程度の認識だった。

 それが今では、島津本家、島津分家、龍造寺を経済の仕組みへ組み込み、大友とも同盟を結んでいる。

 城を一つずつ攻め落とすのではない。

 市を作り、借金を返し、商人と農民を味方につけ、気づけば九州の大半へ影響を及ぼしていた。

「まともにやり合えば、九州の大内領をすべて失う可能性がある」

 家臣の一人が重い声で言った。

「八郎軍は、肥後、肥前、薩摩を合わせて二万五千から三万。大友も一万五千、

 無理をすれば二万ほどは出せましょう」

「合わせて四万から五万か」

「はい」

 大友軍だけなら、まだ止める手段はある。

 筑前や筑後の城を固め、兵糧を入れ、本州側から援軍を送ればよい。大友と大内は、

 これまでもそうして押し合ってきた。

 しかし、そこへ八郎軍三万が加われば話は変わる。

 南から八郎、西や東から大友に押し込まれ、さらに海路まで押さえられれば、

 九州へ援軍を送り続けることも難しくなる。

「尼子も動いておる」

 大内の当主は、今度は中国地方の絵図へ目を移した。

 本来なら、兵も銭も尼子へ向けなければならない。

 それを九州へ振り向ければ、本州側の領地が危うくなる。かといって尼子へ集中すれば、

 筑前と筑後を奪われる。

「単純に兵を増やせば済む話ではないな」

「では、いかがいたしますか」

 当主はしばらく黙って考えた。

 すべてを守ろうとして、すべてを失うのが一番悪い。

 ならば、一部を八郎へ譲り、大友との戦を止めてもらう方がよい。

「八郎軍を止める」

「八郎を、でございますか」

「大友ではない。八郎の方じゃ」

 大友とは、昔から筑前と筑後を巡って争ってきた。

 今さら少し土地を譲った程度で、満足するとは思えない。大友にとっては、

 大内を九州から追い出せる好機である。

 だが八郎は違う。

 八郎が欲しがっているものは、はっきりしている。

「博多じゃ」

 博多の商人、市、港、そして銭の流れ。

 商いを何より重んじる八郎が、博多を欲しがらないはずがない。

「博多の市を、八郎商会へ開放する」

 家臣たちがざわついた。

「大内家だけで握っている権益の一部を、八郎家へ渡すのでございますか」

「一部では足りぬかもしれん。八郎商会が自由に店を出し、品を仕入れ、船を入れられるようにする」

 それだけでなく、筑後の一部を八郎領として割譲する案も考えていた。

 十万石で足りるのか。

 二十万石まで差し出さなければならないのか。

 そこは交渉になる。

「筑前と筑後をすべて取られるくらいなら、筑後の一部を八郎へ渡し、

 博多の利益を分ける方がましじゃ」

「大友は納得しないのではありませんか」

「納得せぬじゃろうな」

 大友としては、八郎と共に兵を出せば、大内の九州領を分け合えると考えているはずだ。

 そこで八郎だけが博多の権益と領地を得て、戦から手を引けば、大友には何も残らない。

「だからこそ、八郎へ先に文を出す」

 大内の当主は筆を置いた。

「八郎を大友から完全に引き離す必要はない。だが、戦を急ぐ必要はないと思わせればよい」

 博多で商いができる。

 筑後の一部も手に入る。

 戦をせずとも、八郎家の利益が増える。

 さらに大内との交易も始められる。

 そうした条件を並べれば、八郎も簡単には拒めないかもしれない。

「八郎は借金を返し、市を広げることを重んじると聞いております」

「ならば、戦をせずに博多へ入れる話は、悪くないはずじゃ」

「しかし、八郎殿は大友との縁も大事にしておりましょう」

「そこが問題よ」

 八郎は大友家へ兄たちを送り、市と芋作りを教えている。

 姫君同士の縁談も進み始めているという。

 単に利だけを見て、大友を裏切るとは考えにくい。

「乗ってくるかどうかは分からぬ。八郎も戦をするつもりで、すでに準備しておる可能性がある」

「では、この話に意味はございますか」

「何もせぬよりはましじゃ」

 このまま手をこまねいていれば、大友と八郎に筑前と筑後を分けられるだけである。

 ならば、自分たちから条件を出し、両者の間へ楔を打つ。

 たとえ八郎が完全には乗らなくとも、大友との話し合いに迷いが生じれば、それだけで時間を稼げる。

「大友には、あまり利を与えたくない」

 大内の当主は苦々しく言った。

「昔から争うてきた相手じゃ。あやつらに筑前と筑後を丸ごと持っていかれるくらいなら、

 八郎との付き合いを深めた方が、まだ失うものは少ない」

 八郎は商人の出であり、利と仕組みを重んじる。

 大内家が博多での取引を保証すれば、本州や瀬戸内へ八郎商会の商品を流す道も作れる。

「八郎は、畿内や瀬戸内へ商いを広げたいはずじゃ」

「その道を、大内家が用意すると」

「そうじゃ。博多だけでなく、大内領の港でも八郎商会の品を扱わせる。

 その代わり、九州では矛を収めてもらう」

 家臣たちは、次第にこの案の意味を理解し始めた。

「至急、八郎へ文を出せ」

「大友ではなく、八郎へ直接でございますな」

「大友へ先に知られれば、話を潰される。まず八郎の反応を見る」

 当主は新しい紙を広げた。

 博多の市の開放。

 筑後の一部割譲。

 交易権の保証。

 それらを条件として、九州での戦を避ける。

 大内家にとっては、大きな譲歩だった。

 しかし、大友と八郎を同時に敵へ回し、九州の領地すべてを失うよりはよい。

「五歳児を相手に、ここまで譲歩を考えることになるとはな」

 大内の当主は、自嘲するように笑った。

「されど、相手を子供と思うた者から負けていったのでございましょう」

「違いない」

 大友と八郎の軍勢が動き始める前に、文を届けなければならない。

 大内家は、兵を集めるより先に、博多と筑後の一部を賭けた交渉へ動き始めた。

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