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1535年4月4週目。大友の当主は各地の報告を受ける。市の立ち上げ、芋の作付け、姫君との婚姻等

大友家の当主は、家臣たちから豊後各地の報告を受けていた。

 八郎の兄弟たちが領内へ入り、市の立ち上げや芋の作付けを進め始めてから、

 まだひと月にも満たない。

 それにもかかわらず、領内の空気は少しずつ変わり始めていた。

「八郎殿だけではございませんな。あの家は」

 報告に来た重臣が、感心したように言った。

「何がじゃ」

「兄上方も、皆様よう働かれます。三郎様は市を立ち上げ、料理の味や人の動きまで

 見てくださっております。ほかの兄弟方も、仕入れや帳面、寺社市の仕組みを整えてくださいました」

 すでに立ち上がった市では、農民から合計百万文以上の米、野菜、卵、魚などを

 仕入れることができたという。

「つまり、その百万文が農民の手へ渡り、その分だけ借金を返せたということか」

「はい。実際に百万文分の証文が消えました」

 農民の借金が減る様子を目の前で見たことで、大友商会の者たちの考えも変わった。

 それまでは、八郎商会の仕組みを聞いても半信半疑だった。しかし、仕入れを増やせば

 借金が減る。借金が減れば農民が前向きに働く。その流れが帳面の数字として現れた。

「おかげで、次の市を立ち上げようという者も増えております」

「順調ではないか」

「ただ、八郎家の方々からは、そろそろ新しい市の立ち上げは大友商会だけで行うようにと

 言われております」

「ほう」

「いつまでも八郎商会に頼るなら、八郎商会が豊後の市を全部引き受けてもよい、と」

 重臣は少し困った顔をした。

「そのように脅されまして、大友商会の者たちは尻に火がついた状態でございます」

 大友の当主は、その話を聞くと声を上げて笑った。

「それは脅しというより、至極真っ当な話じゃろう」

「やはり、そうでございましょうか」

「市の立ち上げも、品物の仕入れも、帳面も、すべて八郎商会にやらせるなら、

 大友商会を作った意味がない」

 表向きは大友商会でも、実際に動かしているのがすべて八郎家なら、豊後の商いを八郎家に

 握られているのと変わらない。

「それに、立ち上げまですべて向こうにやらせれば、後になって、大友家は八郎家に

 豊後を立て直してもらっただけだと言われる」

「三郎様も、同じことを申しておりました」

「よう分かっておる。大友家のために、あえて途中で手を離そうとしてくれておるのじゃ」

 芋の作付けも同様だった。

「次郎様は、焼き芋や芋焼酎を持って、農村を回っておられるそうです」

「作れと命じる前に、食わせておるのか」

「はい。農民に味を知ってもらい、売り物にも酒にもなると説明してから、

 作付けを進めております。ただし、こちらも途中からは大友家でやるようにと」

「なるほどな。仕事の進め方がよう分かっておる」

 見慣れない芋を植えろと命令するだけでは、農民は動かない。

 実際に食べさせ、酒としての価値も見せる。そのうえで作り方を教え、最後は自分たちに任せる。

「やはり、八郎家は八郎だけではないのう」

 大友の当主は、改めて感心した。

「あの家がここまで大きくなったのは、八郎の才だけではない。兄たちが愚直に働き、

 弟の考えを形にしておるからじゃ」

「八郎様ほどの弟を持ちながら、兄上方は不満を持たれないのでしょうか」

「普通なら難しいじゃろうな」

 八郎の才は、兄弟の中でも飛び抜けている。

 しかし、あまりにも差が大きいからこそ、兄たちも妙な張り合い方をせず、

 自分にできる仕事へ集中できるのかもしれない。

「それにしても、よい塩梅の兄弟じゃ。八郎が先を考え、兄たちが愚直に動く。

 兄たちが前で働くから、八郎も一人で何もかも抱え込まずに済む」

 続いて重臣は、同行してきた姫君たちについて報告した。

「大友家の重臣の子息方と、二つか三つほど、うまくいきそうな縁談がございます」

「それも喜ばしい話じゃな」

 姫君たちは市の立ち上げを手伝う合間に、若者たちと顔を合わせていた。

 農民の借金や市の話ばかりする変わった姫君たちではあったが、嫁いだ後も所領のために

 働くという考えは、重臣たちから高く評価されている。

「急がず、順番に話を進めよ。八郎家や島津家とも相談が必要じゃろう」

「承知いたしました」

「おそらく、その縁談がまとまり、兄上方の仕事が一段落した頃には、

 大内をどうするかという話になる」

 重臣の表情が引き締まった。

「やはり、大内を攻めることになりますか」

「なるじゃろう」

 大友の当主は迷いなく答えた。

「八郎は、その辺りの機を読む勘がある。肥前や豊後の借金に目処がつき、兄たちが帰国した後、

 大友と改めて話すつもりでおるはずじゃ」

 しかも、八郎は大内だけを見ているわけではない。

「聞けば、四国の方にも手を出しておるそうではないか」

「手を出しているというより、南予で炊き出しを行い、農民や国人衆の困り事を調べているそうです」

「得意の施しか」

 大友の当主は苦笑した。

 飯を配り、借金を聞き、市を開く。

 気づけば現地の農民が八郎商会を頼り、国人衆も八郎家との取引を望むようになる。

「大内を横目で見ながら、動かせるところは先に動かしておるわけじゃな。

 下準備が幾重にも重なっておる」

 兄弟たちが帰れば、八郎ともう一度会談する。

 大内を九州から追い出し、博多をどのように分けるのか。大友と八郎の役割も、

 そこで具体的に決めることになるだろう。

「その時には、縁談の話も合わせて進めよう。決まった姫や子息には、祝いの品も用意せねばならぬな」

「八郎様も、相当な祝いを出されそうでございます」

「最近は扱う銭が大きすぎて、加減が分からぬと言うておったからな。こちらで止めねば、

 城が建つほどの祝いを渡しかねん」

 部屋に笑いが起こった。

 豊後では市が立ち、芋が植えられ、農民の借金が消え始めている。その横では若者たちの

 縁が結ばれ、大内との戦に向けた準備も静かに整いつつあった。

「いやいや、面白くなってきたな」

 大友の当主は、満足そうにうなずいた。

 八郎家の兄弟たちが豊後を去る時、大友家は以前と同じ家ではない。

 自ら市を開き、自ら農民の借金を減らし、八郎家と肩を並べて大内へ向かう家へ、

 少しずつ変わり始めていた。

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