1535年4月4週目。二郎と三郎が豊後での市の進捗と芋の作付けを話し合う、姫君の縁談も進行中。
豊後での仕事も、ようやく先が見え始めていた。
その日の夜、二郎と三郎は大友家から借りている屋敷の一室で、互いの進み具合を確認していた。
「三郎、市の方はどんな感じや」
次郎が尋ねると、三郎は帳面を閉じながら答えた。
「大まかな立ち上げはできたで。今週の分まで合わせれば、市は八つ動くことになる」
「八つか。ようやったな」
「まだ味が安定せえへんところもあるし、人の動線が悪いところもある。
親子丼を受け取る列と、野菜を売りに来た農民の列が混ざって、えらいことになってる市もあるわ」
「それは大変やな」
「でも、そこは細かい話や。仕入れはできてるし、農民の借金も減ってる。
あとは味と動線をある程度整えたら、大友商会に任せられると思う」
三郎は少し疲れた顔をしながらも、どこか満足そうだった。
「帰る目処はついたということか」
「そうやな。八郎に、大友商会は自分たちで回せそうやと言えるくらいにはなったと思う。
二郎兄さんの方はどうや」
「芋の作付けも、だいぶ進んだで」
二郎は穏やかに答えた。
「水はけの悪い土地とか、米に向かへん畑を中心に見てきた。農民も焼き芋を食べて、
芋焼酎を飲んだら、だいぶ乗り気になってくれたわ」
「芋焼酎まで配ったんか」
「作らせるもんが何になるのか、先に知ってもろた方がええやろ。
食べたこともない芋を植えろと言われても、やる気出えへんしな」
「ニ郎兄さんらしいわ」
「こっちも、もう少し見たら大友商会へ任せられると思う。あとは決めた期日までに、
できるところまでやるくらいやな」
「ほな、概ね順調やな。これなら八郎にも、もうすぐ帰れると言えるわ」
二人がうなずき合っていると、そばで話を聞いていた姫君の一人が口を開いた。
「私どもの方も、少しお話が進んでおります」
「縁談か」
「はい。大友家のご子息の中に、とてもよい方がおられまして」
別の姫君も、少し恥ずかしそうに続けた。
「私も、今後もお会いすることができるのであれば、その方とのご縁を進めてもよいと思っております」
同じように考えている姫君が、ほかにも二、三人いるという。
「それは喜ばしい話やな」
三郎が笑った。
「父上への連絡や、家同士の細かい話は、それぞれ進めてもらえるか。八郎にも報告しとくわ」
「八郎様は、何とおっしゃるでしょうか」
「たぶん喜ぶと思うで。祝いの品とかも、よう分からん量を持たせるんちゃうか」
「最近の八郎は、銭のさじ加減がおかしなってるからな」
二郎の言葉に、姫君たちが笑った。
「ありがとうございます。ですが、人の縁談ばかりを喜んでおられますけど、
二郎様と三郎様はどうなさるのですか」
「わしは市で忙しい」
三郎はすぐに視線を逸らした。
「俺も芋で忙しい。それに、春姫との仲もあるからな」
ニ郎がそう言うと、姫君の一人が首をかしげた。
「ですが八郎様は、兄上方は複数の姫君を迎えてもよいと、おっしゃっておられましたよ」
「それを簡単に言うな」
二郎が苦笑した。
「今、春姫とは結構仲ようやってんねん。無理に増やして、ややこしなるのもな」
すると、少し離れた場所に座っていた春姫が、満面の笑みを浮かべた。
「でも、お家のためのお仕事ですから、仕方ございませんよね」
声は優しい。
笑顔も美しい。
しかし、なぜか部屋の空気が一瞬だけ冷えた。
「春姫、その笑顔が張り付いてるぞ」
ニ郎が恐る恐る言った。
「まあ。普段どおりでございますよ」
「満面の笑みが逆に怖いわ」
三郎が吹き出し、姫君たちも一斉に笑った。
春姫だけは、変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「まあ、兄様方の縁談は置いとくとして」
三郎は話を戻した。
「大友家とこうやって縁ができるのは、悪いことやない。八郎も、
九州中の有力者同士をつなげられたらええと言うてたしな」
「流れに乗ってしまうのも一つやろうな」
二郎もうなずいた。
今でこそ、八郎家には多くの領地と莫大な利益がある。
各地の当主が縁を求め、兄弟たちの周りには姫君が集まっている。
しかし、二郎も三郎も、自分たちがもともと庄屋の八人兄弟だったことを忘れてはいなかった。
「八郎が一番下でよかったのかもしれんな」
三郎がぽつりと言った。
「何でや」
「俺らは寺子屋にも通ったし、農民や町人がどんな暮らししてるかも知ってる。
でも、領地がここまで広がったら、普通は多少浮つくやろ」
「まあな」
「一番下の八郎が、全然浮ついてへんやん。あいつが農民の借金とか、
今日の飯のことばっかり考えてるから、俺らも偉そうにしたらあかんなと思える」
「貧乏人根性が抜けてへんだけかもしれんけどな」
「それが、今はありがたいんやろ」
姫君たちは、静かに二人の話を聞いていた。
「八郎様のご家族は、本当に仲がよろしいですよね」
「誰も急に偉そうにならへんのも、ありがたい話や」
「父上の存在感は、ちょっとずつ減ってきてるけどな」
三郎が何気なく言うと、ニ郎が噴き出した。
「それは言うたらあかんやつや」
「でも最近、父上が話し始めても、途中から八郎の話になってるやろ」
「確かに」
姫君たちも我慢できずに笑い始めた。
「父上様も、きっと喜んでおられますよ」
「そうやとええけどな」
二郎はそう言いながら、春姫の方を見た。
春姫はまだ、先ほどと変わらぬ美しい笑顔を浮かべている。
「とりあえず、俺の縁談は帰ってから考えよう」
「逃げましたね」
「逃げてへん。芋の確認が残ってるだけや」
市と芋の立ち上げは順調に進み、姫君たちの縁も少しずつ結ばれ始めている。
豊後での仕事は、ようやく終わりへ向かおうとしていた。
ただし兄弟たち自身の縁談だけは、市や農業よりも、もう少し時間がかかりそうであった。




