表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
589/646

1535年4月3週目。八郎の帳面合わせ。日向の35000石の束7個5600万文の償却。四国を見据えて

 四月も三週目に入り、八郎の領地では恒例の帳面合わせが行われていた。

 豊後へ向かった三郎たちからは、大友商会の立ち上げが、揉め事を抱えながらも何とか

 進んでいるとの報告が届いている。

 商人は利を下げることを渋り、農民は本当に作物を買ってもらえるのかと疑い、大友家の家臣たちは

 両者の間に挟まれて頭を抱えている。それでも最初の市は動き始め、農民の証文も少しずつ

 消え始めたという。

「向こうは、まあ、ごちゃごちゃしながらも何とかなりそうですね」

 八郎はそう言ってから、自分たちの帳面へ目を戻した。

「こちらは、そこまで大きく変わっておりません」

 帳面役が今週の数字を読み上げる。

「八郎商会全体の利益は、二千五百五十万文でございます」

 続いて、交易による利益が報告された。

「交易の利益につきましては、これまで五百万文ほどでございましたが、大友家との取引が

 始まったことにより、今週は五百八十万文となっております」

「もう八十万文も増えたのか」

「まだ取引を始めたばかりですから、これからさらに増えるかと」

 大友領で市が増えれば、八郎商会から運び込む品も増える。

 紙、鍋、布、魚の加工品、鶏や卵。反対に豊後からも、米や野菜、海産物などが

 運ばれてくるようになるだろう。

「それでは今週、どこの借金を返すかですが」

 八郎は帳面の一か所を指した。

「日向にある、三万五千石ほどのまとまり七つ。その土地におる侍たちの借金を、

 すべて返そうと思います」

 部屋にいた日向勢が、そろって八郎を見た。

「必要な銭は、五千六百万文です」

「すべて、でございますか」

「はい。今週で全部なくします」

 一瞬の静寂の後、日向の武士たちから歓声が上がった。

 これまで農民の借金は何度も返されてきたが、今度は自分たちの番である。

 武具をそろえるため、家を修繕するため、凶作を乗り越えるために負った借金が、まとめて消える。

「八郎様、ありがとうございます!」

「これで家族にも、ようやく安心させてやれます!」

 深々と頭を下げる日向勢に、八郎はうなずいた。

「ただし、借金を返すのは、皆さんに楽をしてもらうためだけではありません」

 喜んでいた武士たちが、顔を上げる。

「これから日向と大隅の兵には、別の役目をお願いしたいと思っております」

「別の役目とは?」

「四国です」

 再び部屋が静かになった。

「ついに、四国まで行くのでございますか」

「まだ行きませんよ」

 八郎は苦笑した。

「大内よりも優先順位は低いです。ただ、大内は強敵でしょう。大友家との連携なしに、

 すぐ攻め取れるような相手ではありません」

 今の日向と大隅は、北から大友に攻められる心配が少なくなっていた。

 大友家との関係は良好であり、大内との戦が始まったとしても、日向や大隅から大軍を

 北へ送る必要は薄い。

 ならば、その兵力を南や東へ向ける余地がある。

「四国には、大きな家の隙間に、小さな勢力がいくつもあります」

 八郎は土佐と伊予を指した。

「船で二千から三千の兵を送り込み、現地の者たちの協力が得られるのであれば、

 取れる土地もあるはずです」

「どれほどを狙うのでございますか」

「手始めに十万石ほどです」

 家臣たちが顔を見合わせた。

 八郎にとっては「手始め」でも、普通の大名ならば、それだけで一国を左右するほどの領地である。

「十万石ほどの足場ができれば、土佐や伊予で一定の影響力を持てます。そこから八郎商会を広げます」

「先に商会を入れるのでございますか」

「もちろんです」

 八郎は当然のように答えた。

「いきなり兵を送り込むより、まず取引を増やします。困っている土地には米や魚、

 紙や農具を運び、市を開けそうなら市を作る。借金に苦しんでいるなら、こちらの仕組みを教える」

「八郎商会の毒を、先にまいておくということですな」

 家臣の一人が笑った。

「毒という言い方はどうかと思いますけど、まあ、似たようなものです」

 八郎商会と取引すれば、品物が安定して手に入る。

 市が開けば作物を適正な値で買ってもらえ、借金も減る。その利益を知った領民は、

 八郎家の兵が来た時、必ずしも敵として見るとは限らない。

「八郎商会の評判を先に広めておき、その後で武力を使えるところには使う。

 そうやって、少しずつ足場を作ります」

「しかし、四国には三好の勢力も伸びてくるのではありませんか」

「ですから、急に大きく取ろうとは考えていません」

 八郎は四国の地図を見ながら続けた。

「土佐なら一条家の周辺、伊予なら西園寺家など、まずは大勢力の隙間を見ます。

 河野家のような大きなところへ、最初から正面からぶつかる必要はありません」

 小さな勢力の中には、周囲の家に圧迫され、商いもままならないところがある。

 そこへ八郎商会が入り、物資や銭を回す。味方になる者を増やし、それでも従わない相手だけを

 武力で押さえる。

「最終的には、土佐と伊予で三好の勢力とぶつかるところまで進むかもしれません。

 ですが、それはまだ先の話です」

「十分、話が大きゅうございますが」

「そうですか?」

「九州の帳面合わせをしていたはずが、いつの間にか四国十万石の話になっております」

 家臣の言葉に、広間から笑いが起こった。

 八郎は日向勢へ向き直った。

「すぐに海を渡れとは言いません。まず船をそろえ、四国の港や道、食料の取れる場所を

 調べてください。どの家が困っており、どこへ商人が出入りしているかも確認します」

「承知いたしました」

「借金がなくなった分、武具や船の扱いを整え、鍛錬に励んでください。戦うためだけでなく、

 商人や荷を守るための鍛錬です」

 日向の武士たちは、力強く頭を下げた。

 今週の帳面合わせで消えるのは、五千六百万文の借金である。

 しかし、その銭によって日向勢が見始めた先は、借金のない暮らしだけではなかった。

 海の向こうの四国に、八郎商会の旗と評判を持ち込む。

 八郎の領地の帳面は、ついに九州の内側だけでは収まらなくなろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ