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1535年4月3週目。大友商会の市が稼働し、借金返済が始まる。手始めの35万文の償却が始まると商人たちが慌てだすwww

四月も半ばに差しかかった頃、大友領で最初に立ち上げた市の帳面合わせが行われた。

 三万五千石ほどの土地を一つのまとまりとして始めた市である。

 三郎は帳面を確認しながら、少し悔しそうに口を開いた。

「三日と少し動かして、農民から仕入れられたのは三十五万文ほどでした。

 まだ市のことが領内に浸透しておりませんから、仕方ありませんね」

 すると、集まっていた商人の一人が身を乗り出した。

「待ってください。三十五万文を仕入れたということは、その銭が農民へ渡ったということですな?」

「そうです」

 三郎はうなずいた。

「ですから本日は、その三十五万文を使って、農民の借金を返していきます。

 まずは返済期日の近いもの、それから利の高い証文を優先しましょう」

 帳面合わせの場には、商人と農民だけでなく、大友家の若君たちまで集まっていた。

 三郎は不思議そうに、その顔ぶれを見回した。

「ところで、この若君方は何の集まりですか」

「私どもの縁談のお相手でございます」

 姫君の一人が、楽しそうに答えた。

「証文が破られるところが面白いので、ぜひ一緒に見ましょうとお連れしました」

「姫様方、本当に八郎商会に毒されておりますね」

 三郎は呆れた顔をした。

「まあ、いずれ領地を治める方々ですから、この光景は見ておいた方がよいかもしれませんが」

 まず、商人と農民を証文ごとに並ばせた。

「順番を巡って揉めるのでしたら、今日の返済そのものを中止します。きちんと並んでください」

 三郎が念を押すと、騒いでいた者たちも黙って列を作った。

「では、三割五分の利がついている証文から見ていきます。元は五割で、

 先日の話し合いで三割五分まで下がったものですね。元金二万文。これは全額返せます」

 農民から受け取った銭が、商人の前へ置かれた。

 商人が金額を確認すると、三郎は証文を手に取った。

「これで終わりです」

 びりり、と証文が二つに裂かれた。

 帳面役も貸し借りの記録へ大きく線を引く。

「はい。この借金はなくなりました」

 農民はしばらく意味が分からないような顔をしていたが、やがてその場へ崩れ落ちた。

「本当に……終わったのでございますか」

「終わりました。もう、この証文で取り立てられることはありません」

 泣きながら頭を下げる農民を横へ移し、次の証文を確認する。

 びりり。

 さらに次も、びりり。

 三十五万文分の銭によって、農民たちを縛っていた証文が次々に破られていった。

 その様子を見ていた商人たちの顔色が、次第に変わっていく。

「少し待ってください!」

 やがて一人の商人が声を上げた。

「その証文を破るのは、待っていただけませんか」

「どうされましたか」

「まさか数日の市で、これほど多くの借金が返されるとは思っておりませんでした」

 商人は額の汗を拭った。

「このまま証文がすべてなくなれば、わしらと大友商会との取引も後回しになるのでしょうか」

「高い利を取り続ける商人様より、利を下げてくださる商人様を優先します。そういうお約束ですから」

「では、二割五分まで下げます。今後も大友商会と取引させてください」

 三郎は少し考えた。

「もう一声いただけませんか」

「返済期日も延ばします!」

「分かりました。それならば、順番を少し変えましょう。二割五分まで下げていただいた

 証文については、すぐに破らず、先に小さな借金をいくつか片づけます」

 ほかの商人たちも、慌てて条件の見直しを申し出始めた。

「うちも利を下げる!」

「返済日は半年延ばしても構わん!」

 農民の証文が破られていく横で、商人たちの態度まで次々に変わっていく。

 それを見ていた大友家の若君が、小さく笑った。

「確かに、これは面白いですね」

「そうでしょう?」

 姫君は得意そうに胸を張った。

「これを大友領の二十数か所で、順番に行っていくのです」

「すべてが、このようにうまくいくのですか」

「いえ。人が集まらなかったり、仕入れが足りなかったり、揉めたりもします。ですが、

 一度回り始めれば、農民の暮らしは確実に変わります」

 今後は、寺や神社でも市を開く。

 そこでは銭だけでなく、米や野菜でも品物を買えるようにする予定だった。

「農民が品物で支払えば、その米や野菜を大友商会が買い取ります。それを銭に換え、

 また商人方へ返済するのです」

「それを繰り返すのですか」

「はい。そうすれば、最後には農民が布団を買い始めます」

「布団まで買えるようになるのですか」

「八郎領では、布団だけでなく芋焼酎まで買っていますよ。何人かで銭を出し合って、

 皆で飲むこともございます」

「芋焼酎とは、薩摩で作っているという、まろやかな酒ですか」

「そうです。まだ高価ですが、よい値で売れるかもしれない品です」

 姫は楽しそうに語った。

「この仕組みが入ると、農民の暮らしは大きく変わります。ですから、市の立ち上げは大変ですが、

 やっていて面白いのです」

 若君は姫を見つめた。

「姫君と夫婦になれば、こうした話をいつも聞かせてもらえるのでしょうか」

「もちろん、お話しします」

 姫は答えてから、少しだけ頬を染めた。

「ただ、私は自分を大事にしてくださる方がよいと思っております」

「大事にします」

 若君は間を置かずに答えた。

「でしたら、今度は市ではなく、どこかでお茶でも飲みながらお話しいたしましょう」

 姫は薩摩の島津分家の出である。

 嫁いだ後、子が何人か生まれれば、そのうちの一人に薩摩との連絡役を担わせたいという

 考えも語った。

「九州の家々が縁でつながれば、争いも減ります。商人や品物も行き来しやすくなりますから」

「嫁いだ先の家のことまで考えてくださるのですね」

「私も姫の端くれでございます。それに、嫁いだからには、その家のために働くつもりです」

 若君の表情が、ますます好意的なものへ変わっていった。

 その様子を見ていた三郎は、感心したようにうなずいた。

「市も縁も、なかなかうまい具合に回っておりますね」

 すると、そばにいた側室候補の姫君たちが、一斉に三郎へ視線を向けた。

「人の縁談ばかりでなく、私どもの縁もきちんと進めていただけませんか」

「私は市の立ち上げで忙しいので」

 三郎は素早く帳面を抱え、出口へ向かった。

「三郎様」

「次の市の仕入れを確認してまいります」

「もう、いい加減に逃げるのをおやめになりませんか!」

 姫君たちの声を背に受けながら、三郎は足早に座敷を逃げ出した。

 帳面合わせでは借金の縁が次々に切れ、その横では新しい男女の縁が、少しずつ結ばれ始めていた。

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