1535年4月2週目。大友商会の市の立ち上げと並行して姫君の縁談が進む。
大友領で市の立ち上げが進められる一方、その合間を縫うようにして、
姫君たちの縁談も少しずつ行われていた。
大友家の重臣の子息たちと顔を合わせ、茶を飲みながら話をする。
本来であれば、姫君はきらびやかな着物をまとい、静かに座って相手の話を聞くものなのだろう。
ところが、八郎家から来た姫君たちは違った。
「姫様なのに、今日は華やかなお着物ではないのですね」
大友家の若者が、少し不思議そうに尋ねた。
目の前の姫は、派手な刺繍もない動きやすい着物を着ている。髪も飾り立てることなく、
町娘のように簡素に結んでいた。
「着物を買う余裕がないわけではありませんよ」
姫は笑って答えた。
「ですが、私どもはこちらへ遊びに来たのではありません。市の立ち上げを手伝うために
参りましたので、動きにくい着物は邪魔になるのです」
「市の立ち上げを、姫様方が?」
「はい。町娘に化けて、市で品物を売ることもございます」
姫は、特に変わったことを話している様子もなく続けた。
「野菜を並べたり、親子丼を運んだり、帳面をつけたりします。それから農民の借金の利を
下げてもらうために、商人方との話し合いにも出ます」
「姫様が、商人と借金の話をされるのですか」
「面白いですよ」
若者は目を瞬いた。
姫は楽しそうに身を乗り出した。
「市が回り始めると、皆の顔がどんどん明るくなっていくのです。それに、農民の借金の証文が、
びりびりと破られていくところも見られます」
「びりびりと……」
「最初は怒っていた商人方が、こちらの市が儲かると分かった途端、急に頭を下げ始めるのも、
なかなか見ものでございますよ」
「姫様、その話はもうやめてください」
そばにいた大友家の家臣が、慌てて口を挟んだ。
「若様も困っておられます」
実際、若者は何と答えてよいのか分からず、きょとんとしていた。
「農民の借金が消えることが、そこまで楽しいものなのですか」
「楽しいというより、痛快なのです」
姫は悪びれずに答えた。
「一つの土地だけでも、農民の借金が一千万文ほどございます。それが市を開くことで、
毎週少しずつ減っていくのですよ」
「一千万文……」
「それまで偉そうにしていた商人方が、今後の取引から外されたくないと利を下げるのです。
その姿は、少し滑稽でございましょう?」
「そのようなことを縁談の席で話していては、あまり殿方に好かれませんぞ」
家臣が呆れたように言った。
「そうでしょうか」
「そうです」
姫は少し考えた後、若者を見た。
「では、一緒に市を見に行きませんか」
「縁談の席から、市へ行くのですか」
「面白いですよ」
姫は何度目か分からない言葉を繰り返した。
「武芸の稽古も大切でしょう。ですが、若様はいずれ農民を率いる立場になられるのでしょう?」
「そのつもりではおりますが」
「戦になれば、荷を運ぶのも、道を整えるのも、食べ物を用意するのも農民です。
その農民が何に苦しみ、何をすれば喜ぶのかを知らずに、武芸ばかりしていても仕方がありません」
若者は、意外そうに姫を見た。
先ほどまで借金の証文を破るのが楽しいと笑っていた姫とは思えないほど、話の筋は通っている。
「今回の市では、農民から米や野菜を適正な値で買い取ります。それから新しい仕事も作ります。
荷運びや料理、市の警護、それに一日五文ほどで使える共同の作業場も整える予定です」
「そこまで姫様方が考えているのですか」
「八郎領で、完成した仕組みを何度も見せていただきましたから。今度は私どもが、
それを立ち上げる側になったのです」
すると、縁談に同席していた若者の父である重臣が、面白そうに笑った。
「確かに、一度見ておくのもよいかもしれぬぞ」
「父上まで」
「物見遊山のつもりでも構わん。農民の借金が、市を開くだけで減っていくなど、
わしも最初は信じられなんだ。だが、実際に帳面を見れば、なかなか面白いものじゃ」
若者は姫と父を交互に見た。
「つまり姫様は、ただ座って夫を待つ姫ではない、とおっしゃりたいのですね」
「そうでございます」
「この姫君方はな」
重臣が息子へ説明した。
「嫁いだ先でも、着物や調度品を欲しがるだけではない。夫の所領へ出向いて、
農民の暮らしや借金のことまで見てくれるということじゃ」
「そこまでするおつもりなのですか」
「嫁いだ家が貧しくなれば、私どもの暮らしも苦しくなりますから」
姫は当然のように答えた。
「でしたら、農民が働きやすく、市で物が売れ、家中に銭が回るようにした方がよいでしょう」
「ほら見ろ。ありがたい姫君ではないか」
重臣は息子の肩を叩いた。
「着物が欲しい、飾りが欲しいと申す姫より、領地そのものを豊かにしようとする姫の方が、
よほど家のためになる」
「何やら、うまく丸め込まれている気がしますが」
「丸め込まれておけ」
父親に言い切られ、若者は困ったように笑った。
「では、ひとまず市をご一緒させてください」
「はい。きっと面白いですよ」
「姫様が愛らしい方だということは、よう分かりました」
若者は続けて、正直な感想を口にした。
「ただ、その愛らしいお姿と、口から出てくる言葉が、あまりにも一致しておらず戸惑っております」
「それは姫様が悪い」
重臣が即座に言った。
「縁談の席で、借金の証文を破るのが痛快だなどと話す姫がどこにおる」
「ですが、本当に面白いのでございますよ」
姫はまだ納得していない様子であった。
「今度、商人方が利を下げるところもお見せします」
「だから、その話から一度離れなさい」
重臣の呆れた声に、若者はとうとう吹き出した。
こうして姫君たちの縁談は、華やかな着物や和歌の話ではなく、市と農民の借金の話を中心に、
妙な方向へ進んでいくのであった。




