1535年4月2週目。豊後での大友商会の開設と市の立ち上げ。相変わらずはじめは難航www
四月も二週目に入った。
八郎は自領に残り、いつものように帳面を見たり、新しい仕事を考えたりしていたが、
その一方で、兄たちの半分と姫君たちは豊後へ入っていた。
大友領での市の立ち上げである。
しかし、現地へ着いてすぐに市を開けるほど、話は簡単ではなかった。
「肥前の時と、ほとんど同じですね」
三郎はそう言いながら、朝から晩まで忙しく動いていた。
銭をあまりかけずに仕入れられる雑魚を探し、それをつみれにできないか漁師と話す。
鶏と卵を集め、親子丼を出せるようにする。鮪も赤い身の部分なら十分食えると教え、
捨てられている部位を安く譲ってもらう。
さらに、値札や帳面に使う紙をそろえ、市で働く者を集めなければならない。
同行した姫君たちも、農村を回ったり、女たちへ料理を教えたりと、休む暇もなく働いていた。
もっとも、一番難しかったのは食べ物をそろえることではない。
農民が持っている借金の証文を集め、金を貸している商人たちと話し合うことであった。
大友家の家臣たちは、農民と商人の間に立たされ、早くも疲れ切った顔をしていた。
「何でわしらが、農民どもの借金のために集まらねばならんのですか」
呼び出された商人の一人が、露骨に不満を口にした。
「まあまあ、そう言わずに。今、大友家では大友商会というものを作ろうとしておる」
「それは、八郎領で影響されて始めるのですか」
「そういう面はある」
「なら、八郎商会との取引だけさせてもらえればよろしいでしょう。あちらは市で相当な利益を
上げていると聞いております。農民の借金など、うちらには関係ありませんがな」
商人たちは、まともに話を聞こうともしなかった。
「農民など、どうせ銭を持っておらん貧乏人の集まりでしょう。借金を減らしたところで、
何を買うというのです」
「ところが、そうでもないらしい」
大友の家臣が、八郎領で見たことを説明した。
「借金が減った土地では、農民が鍋や着物だけでなく、布団のような高い物まで買い始めておった。
治安もよくなり、年貢も集めやすくなる」
「ほんまですかいな」
「その仕組みを、豊後でも作ろうとしておるのじゃ」
それでも商人たちは、疑わしそうな顔を崩さなかった。
そこで、八郎領から来た者が前へ出た。
「まず、大友商会で寺社市を開きます。そこで農民の皆さんが作った野菜や卵、魚なんかを、
きちんと値をつけて仕入れます」
「それで?」
「農民には適正な代金を払います。ただ、その銭の一部を、借金の返済へ回してもらうんですわ」
「そんなことで、借金が減るものか」
「騙されたと思って、三日か四日だけやってみてください。それから帳面を合わせたら、
借金が鬼のように減っていますから」
商人たちは呆れた顔をした。
「三日や四日で片づく額なら、こちらも苦労しておりません」
「ですから、一度やってみましょうと言うてるんです」
まずは農民たちが抱えている証文を、すべて出させることになった。
「隠している証文も、残らず出してください。後から出てくると、仕組みが全部狂います」
農民たちは怯えながら、家の奥や箱の底から証文を持ち寄った。
集めてみれば、その地域だけで、およそ一千万文もの借金があった。
「こ、これを本当に返せるのでしょうか」
農民たちは青ざめていた。
「返せます。ただし、皆さんにも市で働いてもらいますし、作物も持ってきてもらいます」
大友家は市の立ち上げ資金として、十万石分、合わせて一億文ほどを用意することになっていた。
大友領は八十数万石ある。
八郎領と同じように三万五千石ほどを一つのまとまりとして見れば、二十数か所に市を
作る計算になる。
「一つの地域に、借金が一千万文ほどあると考えております。それを数か月で減らします」
「数か月で一千万文が消えるわけがないでしょう」
商人が鼻で笑った。
「市を舐めたらあきませんよ」
三郎が口を挟んだ。
「三万五千石の土地なら、市で使う食材の仕入れだけでも、毎週百万文ほど動きます」
「皆が食うてくれる前提でしょうが」
「味については任せてください。八郎商会では、食べられんような物は出しません」
三郎はそう言い切った。
「仮に最初は売れ残りが出てもええんです。大事なのは、大友商会が農民から
毎週百万文分を仕入れることです」
市の利益は、最初から求めない。
八郎領なら、一つの市から毎週四十五万文ほどの利益が出る。しかし豊後では、
立ち上げ当初の利益はゼロでもよい。
「農民から百万文分仕入れて、その代金で借金を返してもらう。そうすれば、
一週間で百万文ずつ借金が減ります」
「では、十週で一千万文が消えるのか」
「順調なら、そうなります」
ただし、大友領すべてに一度に市を作ることはできない。
二十数か所を順番に立ち上げていくため、後回しになる土地も出てくる。
それでも、一度仕組みが回り始めれば、借金は確実に減っていく。
「そこで商人の皆さんに、お願いがあります」
三郎が居住まいを正した。
「今の証文を見る限り、利は三割五分から、高いところでは五割ほどになっておりますね」
商人たちの表情が変わった。
「それを、もう少し下げていただけませんか」
「何を言うておる!」
一人の商人が、机を強く叩いた。
「農民が払えんからというて、なぜわしらが損をせねばならんのじゃ!」
「こちらは危ない相手に銭を貸しておる。その分、利が高くなるのは当たり前でしょう!」
「八郎商会が来た途端、昔からの商いを変えろと言うのか!」
先ほどまで半信半疑だった商人たちが、一斉に怒り出した。
大友の家臣たちは、またこの流れかと頭を抱える。
三郎と姫君たちは顔を見合わせた。
肥前でも、最初は同じだった。
市を開くより先に片づけなければならない一番大きな問題は、やはり食材でも銭でもなく、
人の欲なのであった。




