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1535年4月2週目。御宴会、帳面合わせが終わり大勢が帰路に就く。兄様達の半数は大友家で市の立ち上げ等に向かう

大友家の当主一行が帰路につき、それに続いて島津本家、島津分家、龍造寺の一行も、

 それぞれの領地へ戻っていった。

 数日前まで多くの当主や家臣、姫君たちでごった返していた八郎の屋敷も、

 ようやく静けさを取り戻そうとしていた。

「これで、しばらくは平穏に暮らせますね」

 八郎はほっと息を吐いたが、実際にはそう簡単な話ではなかった。

 八郎の兄弟たちの半分ほどは、大友家の領地へ向かうことになっていたからである。

 目的は、大友領に新たな市を立ち上げることだった。

 さすがに八郎自身が長期間、大友領へ出向くわけにはいかない。自分の領地だけでなく、

 肥前や島津との調整も残っている。

 そのため、大友家の立て直しについては、兄たちに任せることになった。

「まずは、市を開けそうなところから始めてください」

 出発前、八郎は兄たちと大友家の家臣を集め、改めて方針を説明した。

「寺や神社、城下の空き地など、人が集まりやすいところを見つけて、市を立てます。

 ただ、市を開くにはまだ早い土地もあると思います」

「その場合は、どうすればよい?」

「無理に開かないことです」

 八郎は即答した。

「帳面を見せて、なぜ今は開けないのかを説明してください。人が足りないのか、道が悪いのか、

 商品がないのか、元手が足りないのか。その理由を一つずつ明らかにして、

 次に市を開くには何が必要なのかを、皆に分かってもらうんです」

 ただ「できない」と言うだけでは、領民には不満が残る。

 しかし、あと何万文あればよいのか、何人の働き手が必要なのか、

 道をどこまで直せばよいのかを示せば、領民たちも次に何をすればいいのか理解できる。

「市を開くために、月にどれほどの銭が必要なのかも、大友の当主にはきちんと伝えてください。

 当面は毎月銭を入れる形になるかもしれませんが、いつまでも八郎商会が支えるわけではありません」

「大友の家で商会を作るのだったな」

「はい。大友商会です」

 八郎はうなずいた。

 大友領の立て直しは、八郎商会が大友家を養う形ではない。

 大友家が自ら大友商会を作り、市を運営し、そこで得た利益を次の市や農民の借金返済へ回す。

 その仕組みを大友家の中へ根づかせるのが目的だった。

「八郎商会と違って、大友家には城の借金も、家臣の大きな借金もありません。ですから、

 市の利益を農民の借金返済や、新しい仕事作りへ回しやすいはずです」

「八郎のところより、条件はよいのか」

「最初の条件だけなら、そうですね」

 八郎は笑った。

「市を回し始めたら、同時に仕事も作ってください。荷物を運ぶ者、市の見張りをする者、

 道を直す者、品物を作る者。銭を配るだけでは、すぐに行き詰まりますから」

 借金だけを消しても、次の収入がなければ、いずれまた借金を抱える。

 だから借金返済と仕事作りは、同時に進めなければならない。

「大友家が自分たちだけで回せるようになるまで、しっかり教えてあげてください」

「分かった。任せておけ」

 兄たちが胸を張る。

 八郎は少し心配そうに見送ったが、いつまでも自分一人ですべてを行うわけにもいかなかった。

 兄たちの一行を送り出し、一通りの用事が終わると、八郎はようやく大きく息を吐いた。

「疲れました」

 庭の見える部屋へ移ると、そこには夏姫をはじめ、側室候補として滞在している姫君たちが

 集まっていた。

「皆さん、今回の宴はどうでしたか?」

 八郎が尋ねると、夏姫は楽しそうに笑った。

「相変わらず面白うございました。八郎様のところにおりますと、

 毎日何かが起こりますので、見ていてまったく飽きません」

「それならよかったです」

 八郎は畳の上へ横になった。

「皆さんも、八郎家と一緒に進む幸せと、自分一人を大事にしてくれる方と暮らす幸せと、

 その辺を横目で見ながら、ゆっくり考えてください」

「ゆっくりでよいのですか?」

「気張りすぎると疲れますよ。縁談なんて、疲れて決めるものでもないでしょう」

 八郎は小さくあくびをした。

「僕は昼寝します」

 そう言ったと思った時には、もう目を閉じていた。

 姫君たちは、眠り始めた八郎を囲みながら、声を抑えて笑った。

「こういうところが、心憎いのですよね」

 一人の姫が言った。

「自分のもとに残れとも、他へ嫁げとも命じられない。必ずこちらに選ぶ道を残してくださいます」

「だから困るのです」

 夏姫が苦笑した。

「八郎様よりよい殿方を探そうと思っても、なかなか見つかりませんから」

「五歳児を相手に、何を言うておるの」

 八郎の母が呆れたように口を挟んだ。

「ですが、ここまで人に気を配れる五歳児も、ほかにはおりませんよ」

「それは、まあ、そうやけどな」

 母は少し嬉しそうに八郎を見た。

「八郎は昔から、ほかの子とは違うたから。自慢の息子やねん」

「領地がこれほど広くなっても、八郎様は変わりませんね」

「そこは、ほんまにありがたいと思うわ」

 母は静かにうなずいた。

「領地が広くなったからいうて、人への気遣いが雑になったり、

 急に偉そうになったりせえへん。九州を全部押さえることになっても、たぶん八郎は八郎のままやと

 思う」

「九州を全部でございますか」

「九州と四国ぐらいやったら、性格も変わらず、何とかするんちゃうかな」

「お母様」

 夏姫が困ったように笑った。

「四国も、なかなか大きゅうございますよ」

「そうか?」

「八郎様のご家族は、もう物事の規模が大きくなりすぎて、感覚がよう分からなくなっております」

「京都まで行くより近いやろ」

「距離の話ではございません」

 姫君たちの間から笑い声が起こった。

 そのすぐ隣では、九州と四国の行く末を話題にされている五歳児が、

 何も知らずに気持ちよさそうな寝息を立てていた。

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