1535年4月1週目。大広間で大友の当主たちも飯を食べてから内々で集まり八郎について語り合う。
領民たちとの晩飯が終わると、大友家の一行は八郎の屋敷の一室へ集まった。
少し前まで大広間では、領主も家臣も領民も入り交じって飯を食べていた。鍛錬を終えた若者たちは
山盛りの飯を何度もおかわりし、食べ終わった者から順番に屋敷の風呂へ向かっていた。
その様子を一通り眺めていた大友の当主は、座につくなり感心したように息を吐いた。
「ここまで来てみて、ようやく分かったわ。八郎の領地がなぜ強いのか。外から眺めておるだけでは、
ここまで内側は見えぬ」
「やはり、兵の鍛錬が行き届いているからでございますか」
家臣の一人が尋ねると、当主は首を横に振った。
「それだけではない。確かに、屋敷を開放して弓や槍の稽古をさせておる。領民でありながら、
いざという時には兵として動ける者も多い。だが、本当に強いのは、その者たちが自ら
八郎を守ろうと思っていることじゃ」
八郎は領民たちの借金を次々に整理していた。
ただ帳消しにするのではない。返せる者には、無理のない額で少しずつ返させる。
働けば返済が進み、返し終われば土地も家も自分たちのものとして残る。その見込みがあるからこそ、
領民たちは必死に働く。
「借金取りに土地を取られるところを助けてもらい、腹いっぱい飯を食わせてもらい、
風呂にまで入れてもらう。そのうえ、自分たちの土地でどれだけ米が取れ、何に銭を使い、
借金がどれだけ減ったかまで教えてもらえる」
「領民に財政の中身まで見せる領主など、聞いたことがありませぬな」
「だからこそ、皆が納得するのじゃ。今は苦しくとも、来年にはよくなると分かる。
返せる見込みが見えるから、不満よりも希望が勝つ。それがまた八郎の人気を高める」
当主は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「やはり、あの五歳児は九州だけで収まる器ではないな」
「五歳児なのですがな」
「それは見れば分かる」
部屋に小さな笑いが起きた。
「八郎の家と大友が手を組めば、九州で残る大きな相手は大内じゃ」
「しかし八郎殿は、大内を追い出すのは今は無理だと申していたではありませんか」
「今は、じゃ。いずれは時間の問題になる」
大友の当主は迷いなく言った。
「大内の姫君を迎えて内から取り込むのか、それとも力を削って追い出すのか。
そこまでは分からぬ。だが、八郎が博多を欲しがっておることだけは明らかじゃ」
博多を得れば、港と商人と銭が手に入る。
八郎ほど商いを重んじる者が、あの土地を放っておくはずがない。
「そうなれば、大内の領分である筑前と筑後を、大友と八郎で役割を分けて攻める話も
現実味を帯びてくる」
「その前段として、八郎様の兄上方を大友へ貸し出し、家中の立て直しを手伝わせる。
その一方で、こちらからも姫君たちを派遣する、ということでございましょうか」
「そういうことじゃろう。それが一通り落ち着けば、九州の情勢はまた大きく変わる」
すると、そばで話を聞いていた大友の姫が、思い出したように口を開いた。
「姫君たちのことであれば、面白い話がございます」
「何じゃ」
「本日、八郎様のもとへ集められまして、次の宴では、婚姻についても考えてみてはどうかと
言われました」
「婚姻を?」
「はい。今度は龍造寺、島津本家、島津分家の当主方もこちらへ招き、大きな宴を開くそうです。
その席で、若い男女の顔合わせをしてはどうかと」
「なんとまあ」
当主は目を丸くした。
「わしは、大友の姫は八郎へ嫁がせるのがよいと思っておったのだがな」
「八郎様は、自分の妻になることだけが姫の幸せではない、と申されました」
姫は少し困ったように笑った。
「八郎様のもとには、すでに大勢の姫君がおります。その中の一人として嫁ぐよりも、
自分一人を大切にしてくれる殿方に嫁ぎ、その家を夫婦で盛り立てる方が幸せなこともある、と」
「五歳児が言う話ではないな」
「私もそう思いました」
姫は大きくうなずいた。
「しかも、家柄だけで急いで決める必要はない。相手が自分を認め、大切にしてくれると分かってから
考えればよい、とまで諭されたのでございます。五歳児に」
「何度も五歳児と言わずともよい」
「ですが、五歳児なのでございます」
今度は先ほどより大きな笑いが起こった。
やがて当主は、呆れたように首を振った。
「京都を見ておる男が、姫一人の幸せまで考えるか」
「八郎様は、京都へ上ることだけが幸せではないとも言われました。自分を愛してくれる者を
一人見つけ、共に暮らし、共に家を盛り立てる。それも立派な幸せではないかと」
「なるほどな」
大友の当主は妙に納得してしまった。
八郎は領民の借金を片づけ、家臣に役目を与え、姫君たちには新しい縁を探してやろうとしている。
自分のもとへすべてを集めるのではなく、それぞれに居場所を作ろうとする。
「どこまでも面倒見のよい男じゃ」
そうしたところが、人を引きつけるのだろう。
領土を奪われるかもしれぬ者でさえ、八郎と手を組んだ方が得だと思ってしまう。
姫を取られるはずの家も、八郎なら任せられると思ってしまう。
「だから敵を作らぬのか」
当主は一人でうなずいた。
「力で従わせるのではなく、相手にも利と居場所を与える。あれは考えて身につくものではない。
敵を作らぬことそのものが、八郎の天性なのかもしれんな」
九州を制することを考えている五歳児でありながら、誰よりも人の幸せを気にかけている。
その奇妙な事実に、大友の当主は最後まで首をかしげながらも、なぜ八郎のもとへ人が集まるのか、
ようやく分かったような気がしていた。




