1535年4月1週目。 姫君たちへの人生指南。大友家へ領内を案内しながら姫君にご宴会の意義を話す。
それから数日間、大友家の一行には、八郎領の仕組みを順に見てもらうことになった。
人数が多いため、いくつかの組に分かれて領内を回る。
一組は市と寺社市を訪れ、農民が持ち込んだ野菜や薪、魚を買い取り、その代金と借金の帳面を
突き合わせる様子を見る。
別の組は芋畑へ向かい、苗の育て方や保存の仕方、米作りを邪魔しない土地への植え方を学んだ。
館では農民や人足による槍と弓、避難、荷運びの訓練が行われている。
訓練が終われば浴場で汗を流してもらい、餅や飯を振る舞う。その後は領内の収支や周囲の
情勢を伝え、農民たちの意見も聞く。
料理場では、下魚や筋の多い魚、卵を産まなくなった親鳥など、これまで捨て値で
扱われていたものを、安くてうまい飯へ変える方法を見せた。
商人衆は相場表を広げ、薩摩、肥後、肥前、豊後、四国、瀬戸内で、
同じ品の値段がどれほど変わるかを説明する。
「一日や二日では、とても見切れませぬな」
大友の重臣が感心したように言った。
「ですから、数日に分けています」
八郎は笑って答える。
「全部覚えていただかなくても構いません」
「大友領で使えそうなものだけ、持って帰ってください」
その間にも、島津本家、島津分家、龍造寺へ送った早馬は走り続けていた。
各家では、大友の当主が滞在している間に間に合わせようと、当主や重臣、年頃の未婚の男女を
選び、御宴会へ向かう準備を始めている。
そんな中、八郎は夏姫をはじめとする姫君たちを館の一室へ集めた。
「御宴会の前に、一つだけ言っておきます」
「何でしょう?」
「大友家の方々を、決して侮らないでください」
姫君たちは少し意外そうな顔をした。
「侮るつもりはございませんが……」
「分かっています」
八郎は頷いた。
「ただ、皆さんはもう、市や寺社市、帳面合わせを毎日のように見ています」
「大友の方々が『すごい』『初めて見た』と驚いておられるのを見て、そんなこともしていないのかと
思う方が出てくるかもしれません」
夏姫が少し気まずそうに視線を落とした。
「正直に申しますと、少しだけ思いました」
「正直でよろしいです」
八郎は笑う。
「ですが、向こうには向こうの強みがあります」
「瀬戸内や畿内まで続く交易の道がある」
「船を動かす商人も多い」
「武勇に優れた方も、長く土地を治めてきた方もおられます」
「うちにないものを持っているからこそ、組む意味があるんです」
姫君たちは静かに頷いた。
八郎は少し間を置き、さらに続ける。
「それから、御宴会で大友家の男性から見初められた場合は、きちんと相手を見てください」
「えっ」
「急に縁談の話ですか?」
「そのための御宴会でもありますから」
八郎は真顔で答えた。
「はっきり申し上げますが、八郎家の男たちは魅力にあふれています」
「特に私は、かなり魅力的です」
「ご自分でおっしゃるのですね」
夏姫が呆れたように笑う。
「事実ですから」
八郎は胸を張った。
「ですが、魅力があるからこそ、領地も広がり、姫君も増えました」
「兄様方も私も、一人だけを見て生きるのは難しい立場になっています」
姫君たちの笑顔が、わずかに曇る。
「仮に私のところへ来ても、一週間のうち二日しか一緒にいられないかもしれません」
「残りの日は帳面、市、交易、戦、別の姫君との話です」
「それより、大友家の誰か一人から大事にされる方が、幸せなこともあります」
「その方の領地に市がなければ、皆さんが作ればいい」
「旦那様が商いに疎ければ、帳面を覚えさせて、尻に敷けばいいんです」
「随分と大胆なことをおっしゃいますね」
龍造寺の姫君が笑った。
「でも、皆さんならできますよ」
「市も帳面も、農民との話し方も、もう学んでいるでしょう」
八郎は少し考え、言葉を選んだ。
「広い世界を見ることだけが、幸せではありません」
「小さな土地で、一人の相手と暮らし、その場所を少しずつ面白く、豊かにしていく」
「そういう幸せもあります」
「井の中の蛙でいることにも、悪くない部分はあるんですよ」
「井の中の蛙、ですか?」
「外の海は広くて面白いです」
「でも、波も嵐もあります」
「私はこれから本州へ進み、いつか京を目指すことになるかもしれません」
「それはきっと面白いでしょう」
「ですが、面白いことと幸せなことは、同じとは限りません」
夏姫は静かに八郎を見つめた。
「八郎様についていけば、退屈はしないでしょうね」
「退屈だけはしません」
「安眠できる保証もありませんけどね」
部屋に小さな笑いが起こった。
「ですから、相手を見て、面白くない、何も持っていないと決めつけないでください」
「その人が何も持っていないなら、私が一緒に作る」
「その人の領地が退屈なら、私が面白くする」
「そういう目で見れば、意外によい縁が転がっているかもしれません」
「八郎家の中で順番を待ち、一週間に二日しか相手をしてもらえない暮らしと」
「一人の人と向き合い、その土地を二人で作る暮らし」
「どちらが幸せかは、人によって違います」
「そこは、ようよう考えてください」
大友の姫君が呆れたように尋ねた。
「五歳児が、何を人生指南しているのですか?」
「しかも恋愛まで」
「私も難しい立場なんですよ」
八郎は小さくため息をついた。
「悩める五歳児ですから」
姫君たちは顔を見合わせて笑った。
だが、やがて夏姫が静かに頷く。
「ですが、言わんとしていることは分かります」
「八郎様のそばにいることだけが、幸せとは限らない」
「はい」
「私は皆さんを囲っておきたいわけではありません」
「よい縁があるなら、その縁を大切にしてほしいです」
夏姫は少しだけ寂しそうに、それでも穏やかに微笑んだ。
「では御宴会では、家柄や武勇だけではなく、その方と一緒に何が作れるかを見てみます」
「それが一番です」
八郎は満足そうに頷いた。
大友家の者たちが八郎領の仕組みを学ぶ一方で、姫君たちもまた、自分たちの将来を
見つめ始めていた。
九州を結ぶ御宴会は、家と家を結ぶだけの場ではない。
一人一人が、どのような暮らしを自分の幸せとするのか。
それを考え、選ぶための場にもなろうとしていた。




