1535年4月1週目。九州を結ぶ御宴会。夏姫まじめ各家の姫君に島津、龍造寺方面に当主と重臣、年頃の男女を呼ぶように連絡する。
翌朝。
朝餉を終えた八郎は、帳面を片付けると、そのまま姫君たちを広間へ集めた。
夏姫をはじめ、島津本家、島津分家、龍造寺、そして大友から来ている姫君たちが、
八郎を囲むように座る。
「皆さん、朝からすみません」
「一つ、急ぎでお願いしたいことがあります」
夏姫が早くも警戒するように首を傾げた。
「八郎様。また何か思いつかれましたか?」
「思いついたというより、昨日の話を寝ながら整理していたんです」
「また寝ながら考えておられたのですか」
「寝る前です。ちゃんと寝ましたよ」
姫君たちから小さな笑いが起こる。
八郎は九州の地図を広げた。
「今、大友の御当主が、うちの領内へ来られています」
「しかも一週間ほど滞在される予定です」
「この機会を、大友家との会談だけで終わらせるのはもったいないと思いまして」
八郎は島津本家、分家、龍造寺の領地を順に指した。
「各家へ、すぐ早馬を飛ばしてください」
「大友家の御当主が滞在していることを伝えて、来られる当主、主だった重臣、
それから年頃の未婚の男女を連れてきてほしい、と」
姫君たちが顔を見合わせる。
「未婚の男女まで、ですか?」
「はい」
「うちの館で、少し特別な御宴会を開きます」
「各家の当主や重臣だけで難しい話をするのではなく、若い方々も交えて、
皆で飯を食べてもらうんです」
「それは……縁談のためでしょうか?」
「縁談もあります」
八郎は正直に頷いた。
「ただ、必ずその場で誰かと誰かを結ぶ必要はありません」
「話してみて面白いと思うのか」
「一緒に仕事ができそうなのか」
「どうにも合わない相手なのか」
「まず顔を見て、言葉を交わすだけでも全然違います」
夏姫が地図を見ながら頷く。
「確かに、書状だけで知っている相手と、一度でも食事をした相手では、印象が変わりますね」
「そうなんです」
「隣り合った領地同士で縁を結ぶのも大事ですけど、今の世は、いつ情勢が変わるか分かりません」
「少し離れた家とも、薄くていいから縁を作っておいた方がいいです」
「婚姻まで行かなくても、顔なじみになる」
「相手の父親や兄弟を知っている」
「何かあれば文を出せる」
「それだけでも、いきなり刀を抜く可能性は減ります」
龍造寺の姫君が静かに八郎を見る。
「八郎様は、八郎家を中心にして、九州の家々をつなごうとしておられるのですね」
「中心にするというと、少し大げさですけどね」
八郎は苦笑した。
「ただ、今は九州の南側をうちが広く押さえています」
「そこへ大友家が加われば、九州の大半の有力家が、同じ館で顔を合わせられる状態になります」
「この機会を逃す方が、もったいないでしょう」
大友の姫君が口を開いた。
「私たちは、この後、大友領で芋の栽培や市の立ち上げを手伝う予定です」
「その際に、島津や龍造寺の姫君が一緒に来られることも考えておられるのですか?」
「はい」
「市や帳面の仕組みを学んでいる方なら、十分に戦力になります」
「その中で、大友家の御家中に気の合う方がいれば、縁を結んでいただくのも一つです」
「もちろん、勝手には決めません」
「島津本家、分家、龍造寺、それぞれの家の了承が必要です」
「だからこそ、今のうちに各家の当主にも来てもらいたいんです」
夏姫が少し面白そうに笑った。
「八郎家が、九州のお見合い仲介所になるのですね」
「お見合いだけではありませんよ」
八郎は慌てて否定する。
「商売の相談をしてもいい」
「市の作り方を聞いてもいい」
「若い侍同士で、弓や槍の話をしてもいい」
「どうでもいい話をして、飯だけ食べて帰ってもいいんです」
「何か一つ、次につながるものができれば十分です」
島津分家の姫君が尋ねた。
「大友家の御子息は、今回こちらへ来られていませんが」
「そこは仕方ありません」
「大友側が御宴会の中で、この姫君なら自分の家の誰かと合いそうだと思えば、
後日、正式に話を進めればいいんです」
「逆にこちらの未婚の男子を見て、大友の姫君とどうか、という話になるかもしれません」
「最初から全部揃っていなくても、形を作ることに意味があります」
八郎は地図の中央へ指を置いた。
「島津と龍造寺」
「龍造寺と大友」
「大友と島津」
「家同士が細い糸で結ばれていけば、九州の治安は今より安定します」
「何かあった時に、いきなり敵か味方かではなく、まず話をする余地ができます」
夏姫は穏やかに微笑んだ。
「皆が少しずつ親戚や知り合いになれば、簡単には戦を始めにくいですものね」
「そういうことです」
「もちろん、縁を結べば絶対に戦にならないとは思っていません」
「親戚同士でも争う時は争いますから」
「でも、何もないよりはましです」
「大友様が帰られるまで、あと一週間ほどです」
「全員が揃わなくても構いません」
「今動ける者だけでも集まって、一日だけ御宴会を開く」
「まずは、その形を作りたいです」
姫君たちはしばらく地図を見つめた。
最初に頷いたのは夏姫だった。
「分かりました」
「島津本家へは、私からも文を書きます」
「大友の御当主がおられるうちに顔を出すだけでも、十分価値があります」
島津分家、龍造寺の姫君たちも続く。
「私どもも、父上や家臣たちへ書き添えます」
「年頃の者を何人か連れてくるよう、頼んでみましょう」
帳面係もすぐに筆と紙を用意した。
「ただちに清書いたします」
「昼までには早馬を出せるかと」
「お願いします」
八郎は満足そうに頷いた。
夏姫が、少し呆れたように八郎を見る。
「昨日までは、大友家との交易と婚姻の話だけだったはずですよね」
「今日はもう、九州中の家を集める御宴会ですか」
「そんなに大きくするつもりはなかったんですよ」
「本当ですか?」
「本当です」
八郎は少しだけ視線を逸らした。
「ただ、できる時にやらないと、次にこれだけの家が集まれるのがいつになるか分かりませんから」
「また話が大きくなりましたね」
「大きく見えるだけです」
「飯を食べて、顔を覚えて帰ってもらうだけですよ」
「それを九州中の家でやるから、大きいのです」
姫君たちが笑う。
夏姫は改めて地図へ目を落とした。
「ですが、よい考えだと思います」
「婚姻が決まらなくても、人と人の間に細い道ができます」
「その道が増えれば、皆が安心して暮らせるようになる」
「さすが八郎様ですね」
「皆さんの暮らしが安定した方が、商売もしやすいですからね」
八郎は当然のように答えた。
「結局、全部そこへ戻るんですよ」
その日のうちに、複数の早馬が各地へ向けて走り出した。
九州を結ぶ新たな仕組みは、政略だけで固められた評定ではない。
同じ膳を囲み、顔を見て言葉を交わす、一日の御宴会から始まろうとしていた。




