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1535年4月1週目。大友の道と、八郎の時間。交易の条件、婚姻の話は進むも大内を九州から今すぐ追い出すのは八郎側が慎重。

 芋焼酎や焼き芋を味わい、一通り八郎家の商いを聞いたところで、大友の当主は杯を膳へ置いた。

「八郎殿が売りたい物と、その仕組みはよう分かった」

「では今度は、大友家から出せるものの話をしよう」

 大友の当主が地図を広げ、肥後と豊後の間を指でなぞる。

「まず、肥後から豊後へ抜ける陸路じゃ」

「豊後まで荷を運べれば、そこから瀬戸内、畿内、本州へ流す商人筋を紹介できる」

「港も倉も使わせられるし、船の手配もできる」

 八郎は少し身を乗り出した。

「それは非常にありがたいです」

「こちらは海路ばかりですからね。陸路が一本増えるだけでも、荷の動かし方が大きく変わります」

「じゃが、条件はあるぞ」

「当然でしょう」

 当主は芋焼酎の壺を指した。

「芋焼酎をはじめとする珍しい品を、すべて八郎商会だけで流されては、

 大友家には道を貸す旨味が少ない」

「一部は、うちの商人にも扱わせてほしい」

「八郎商会が豊後を通して売る荷については、通行料と手数料もいただく」

「その代わり、畿内や瀬戸内の商人筋を紹介し、向こうの相場も渡そう」

 八郎は帳面係を見る。

「大筋としては、それで大丈夫です」

「ただ、手数料を今すぐ固定するのは難しいと思います」

「品によって利益が違いますし、道中でどれほど傷むか、倉代や護衛代が

 どれだけかかるかも分かりません」

「まず数か月、試しに動かしませんか」

「その後、双方の帳面を合わせて、無理のない割合を決めましょう」

 大友の当主は頷いた。

「よかろう」

「最初から取り分でもめて、道そのものが開かぬのでは意味がない」

「具体的な数字は追々詰めるとして、大筋はそれでいこう」

「ありがとうございます」

 交易の話がまとまると、大友の当主は少し姿勢を改めた。

「次は婚姻じゃな」

「うちの姫を二人、八郎家へ迎えてほしい」

「その辺りは、どう考えておる?」

「私は基本的には賛成です」

 八郎は迷わず答えた。

 その後ろで、一郎から四郎までの兄たちが、わずかに身を固くする。

「ただ、兄様方の都合も一応見ています」

「形だけの婚姻より、一緒に市を回ったり、帳面を見たりして、互いに好意を持てる方が

 よいと思っています」

「政略のためとはいえ、毎日顔を合わせる相手ですからね」

「そこまで見るのか」

「無理な組み合わせを作ると、家の中が揉めます」

 八郎の言葉に、兄たちは揃って視線を逸らした。

「すでに島津本家、分家、龍造寺から来た姫君たちには、兄様方の側室候補として

 一緒に過ごしていただいています」

「特に龍造寺家については、一度滅ぼした手前、家兼様からも血筋を残してほしいと言われています」

「そして今、大友様からも正式にお話をいただきました」

「ですから、龍造寺と大友の縁は優先して考えたいと思っています」

 大友の当主は満足そうに頷いた。

「では、島津の姫君たちはどうする?」

「兄様方と互いに好意があるなら、そのまま縁を結んでいただきます」

「そうでないなら、私の養女になっていただく道もあります」

「大友領で市を立ち上げる時に、一緒に来てもらうのもよいでしょう」

「帳面も、市の運営も学んでおられますから、十分戦力になります」

「その上で、大友家の有力者と縁を結んでいただくこともできます」

 当主は感心したように八郎を見る。

「八郎家が仲介役になり、島津、龍造寺、大友を婚姻でつないでいくわけか」

「できれば、そうしたいです」

「うちも元をたどれば成り上がりの家ですからね」

「いつまでも八郎家だけが強いとは限りません」

「別の有力家と縁を結んでおけば、八郎家が弱った時にも、姫君や子供たちの逃げ道になります」

「五歳児が、自分の家が弱った後まで考えるか」

「弱る可能性を考えない家ほど、弱った時に困りますから」

 大友の当主は声を上げて笑った。

「なるほど。そこまで考えておるなら、婚姻の件も、お前に任せた方がまとまりそうじゃな」

「兄様方へ丸投げはしませんけど、最後は本人同士で決めてもらいますよ」

 兄たちは複雑な顔をしながらも、小さく頷いた。

 そして最後に、大友の当主は地図の北側へ指を移した。

「残るは大内の話じゃ」

「大友家としては、お前と組んで大内を九州から追い出すことも考えておる」

「双方で数万ずつ兵を出せば、大内も九州までは支えきれぬであろう」

 広間の空気が引き締まる。

 しかし、八郎はすぐには頷かなかった。

「今すぐは難しいです」

「肥前五十万石を取ったばかりです」

「市、借金、治安、侍の配置。まだ整えている途中です」

「春先に、さらに数万の軍を動かす余裕はありません」

「勝てぬと思うのか?」

「勝敗以前の問題です」

 八郎は静かに答えた。

「戦に勝っても、肥前の統治が崩れたら意味がありません」

「今は大内と不可侵を結び、博多との交易だけでも始めたいと思っています」

「しばらく利益を積み、肥前を安定させ、その後に考えたいです」

 大友の当主は腕を組んだ。

「なかなか、こちらの思い通りにはいかぬな」

「大友家としては、今なら好機だと思っておる」

「双方で兵を起こせば、大内を九州から追い出せる可能性は高い」

「早いか遅いかの違いだけかもしれません」

 八郎は地図を見つめた。

「私も、大内が最後まで味方になるとは思っていません」

「ただ、早く攻めることが正しいとも限りません」

「大内が交易に応じるなら、その間に銭を稼ぎ、道を知り、相手の考えも探れます」

「戦をするにしても、準備してからの方がよいでしょう」

「慎重じゃな」

「戦の後に借金を返すのは、全部こちらですから」

 大友の当主は苦笑した。

「領土を広げる速さの割に、戦そのものは好かぬのやな」

「戦は高いですからね」

 八郎は真顔で答えた。

「では、大内については、すぐに結論を出さぬ」

「その代わり、交易と不可侵の話を進めながら、いつでも共同で動ける形だけは作る」

「それでどうじゃ?」

「はい。それなら異存ありません」

 交易の道は開く。

 婚姻の方向も見えた。

 しかし、大内をどう扱うかだけは、まだ決まらない。

 大友が求めるのは好機を逃さぬ速さ。

 八郎が求めるのは、肥前を崩さず次へ進む時間だった。

 両者の利害は重なりながらも、完全には同じではない。

 だからこそ、この同盟には、もう少し帳面と話し合いが必要なのであった。

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