表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
575/646

1535年4月1週目。 捨て値の品に、値をつける。八郎と大友家との会談は順調。

 御宴会の翌日。

 八郎は大友の当主と重臣たちを小広間へ招き、いくつかの品を並べた。

「今、八郎家の中で、外へ売れそうなものはこの辺りです」

 置かれていたのは、大きな壺、焼き芋、砂糖、それに干した椎茸であった。

「まずは、これです」

 八郎が壺の蓋を開けると、独特の香りが広がる。

「焼酎か?」

「はい。ただし、芋で作った焼酎です」

「米焼酎は肥後にも昔からあります。日本酒より濃く、長く置けるのが魅力です」

「ただ、米は飢饉や戦の時には飯として残さなければなりません」

「そこで、琉球から入れた芋で焼酎を作ってみました」

 八郎は小さな杯へ、ほんの少しだけ芋焼酎を注いだ。

「最初は、舐めるくらいでお願いします」

 大友の当主が恐る恐る口をつける。

「……きついな」

「そのまま飲むと、かなり強いです」

 八郎は杯へ水を足した。

「こうして水で割ると、まろやかになります」

「冬場は湯で割ると、身体も温まりますよ」

 もう一度口をつけた当主は、先ほどよりゆっくり味わった。

「なるほど。まだ強いが、妙な甘みがあるな」

「少し癖もある」

「その癖が、飲み慣れると欲しくなると思っています」

「今は薩摩、大隅、肥後で少しずつ作っています」

「今年からは肥前でも始めます」

 八郎は焼き芋を二つに割った。

 黄色い中身から湯気が上がり、甘い香りが広がる。

「元になる芋も食べてみてください」

 当主が一口食べる。

「甘いな」

「これに砂糖を入れたのか?」

「何も入れていません。焼いただけです」

「米の代わりになるとは申しませんが、米が取れない時でも、これがあれば飢えをしのげます」

「しかも焼酎にもなる」

「ですから、農民たちに植え方と保存方法を教えて回っています」

「四月からは、肥前五十万石の各地にも苗を入れます」

「もちろん、田畑の邪魔をしない程度からですけどね」

 大友の当主は、もう一口焼き芋を食べた。

「これはやる価値がある」

「うちにも苗を回してくれぬか?」

「構いませんよ」

「兄様を一人、お貸しします」

「人まで貸すのか」

「苗だけ渡して枯らされたら、意味がありませんから」

 続いて、八郎は砂糖と干し椎茸を指す。

「砂糖は高値で売れる品です」

「椎茸も干せば日持ちしますし、遠方へ運べます」

「今のところ、特産品として分かりやすいのは、芋焼酎、砂糖、干し椎茸ですね」

「欲しい品は、かなり明確になっておるな」

「ただし、特産品だけで領内全体を豊かにするのは難しいです」

 八郎は各地の値を書き込んだ相場表を広げた。

「うちは、特産品を作る一方で、捨て値になっているものへ値をつけることを重視しています」

「捨て値のもの?」

「例えば、形の悪い魚や下魚です」

「うまい鯖や鯛を買おうとすれば、もともとの商人と取り合いになります」

「値段も上がりますし、既存の市を邪魔してしまいます」

「そこで、今までほとんど銭にならなかった魚を買います」

「マグロの赤身や筋の多いところでも、味噌でぐずぐずになるまで煮れば食べられます」

「売れ残った魚も、干すか煮込むかすれば飯になります」

 八郎はさらに続ける。

「鶏も同じです」

「卵を産まなくなった親鳥は、肉が硬くて安くなります」

「でも味噌で長く煮込めば、味が出ます」

「そこへ卵を落として閉じれば、飯に合う一品になるんです」

「早く安く飯を食べたい人足や職人には、かなり好評です」

 大友の重臣が腕を組んだ。

「普通なら捨てる品を買い、それを料理して売る」

「そうすれば、既存の商人とも争わずに済むのか」

「はい」

「農民や漁師から適正な値で品を買い、その代金を借金の帳面とつき合わせる」

「農民は銭を受け取らなくても、持ち込んだ品の分だけ借金が消えます」

「市では安い飯が増え、働く者も助かります」

「誰も欲しがらなかった品だから、既存の商いともぶつかりにくいんです」

 大友の当主は、しばらく相場表を見つめた。

「これを大友領でもやればよい、と」

「八郎商会が直接やるのは、あまりよくありません」

 八郎は首を振った。

「八郎商会が農民の借金を消せば、農民の感謝は大友様ではなく、私へ向いてしまいます」

「それは大友家としても面白くないでしょう?」

「正直に言えば、面白くないな」

 当主は苦笑した。

「ですから、仕組みだけ覚えていただきます」

「大友家の商人、侍、寺社の方に勉強会へ来てもらう」

「何を買い、どう帳面へつけ、どのくらいの値段で飯にするかを試してもらう」

「失敗したら、また聞きに来てください」

「ずいぶん気軽に言うな」

「一度で全部できるものではありませんから」

 八郎は大友領の地図を広げた。

「大友領が八十万石ほどなら、うちの三万五千石の束で考えて、二十数束です」

「一つの束に三十ほど市を置くなら、全部で六百を超えます」

 重臣たちの顔が引きつった。

「六百……」

「急に壮大な話になったな」

「だから一度にやらなくていいんです」

「まず一つの町で、下魚か親鳥のどちらかを扱ってみる」

「うまくいけば、隣へ広げる」

「順繰りです」

 大友の当主は感心したように息を吐いた。

「捨て値の品に値をつける」

「普通なら、その工夫一つだけで一財産を築けるであろうな」

「そうですね」

 八郎は少し考え、真顔で付け加えた。

「私は一財産どころか、国を丸ごと取ってしまいましたけど」

 一瞬の静寂の後、小広間に大きな笑い声が響いた。

「自分で言うか!」

「いやいや、すごいわ」

 大友の当主は笑いながら、再び芋焼酎の杯を手に取った。

「品を作るだけではない」

「捨てられるものを拾い、働き口と飯と借金返済へつなげる」

「八郎殿の恐ろしさは、やはりそこにあるのやな」

「恐ろしいと言わず、便利と言ってください」

「それは無理じゃ」

 再び笑いが起きる。

 大友家が欲しがったのは、芋の苗や焼酎だけではなかった。

 誰も欲しがらない品へ値をつけ、人と物と帳面を回す、八郎家そのものの仕組みであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ