1535年4月1週目。 捨て値の品に、値をつける。八郎と大友家との会談は順調。
御宴会の翌日。
八郎は大友の当主と重臣たちを小広間へ招き、いくつかの品を並べた。
「今、八郎家の中で、外へ売れそうなものはこの辺りです」
置かれていたのは、大きな壺、焼き芋、砂糖、それに干した椎茸であった。
「まずは、これです」
八郎が壺の蓋を開けると、独特の香りが広がる。
「焼酎か?」
「はい。ただし、芋で作った焼酎です」
「米焼酎は肥後にも昔からあります。日本酒より濃く、長く置けるのが魅力です」
「ただ、米は飢饉や戦の時には飯として残さなければなりません」
「そこで、琉球から入れた芋で焼酎を作ってみました」
八郎は小さな杯へ、ほんの少しだけ芋焼酎を注いだ。
「最初は、舐めるくらいでお願いします」
大友の当主が恐る恐る口をつける。
「……きついな」
「そのまま飲むと、かなり強いです」
八郎は杯へ水を足した。
「こうして水で割ると、まろやかになります」
「冬場は湯で割ると、身体も温まりますよ」
もう一度口をつけた当主は、先ほどよりゆっくり味わった。
「なるほど。まだ強いが、妙な甘みがあるな」
「少し癖もある」
「その癖が、飲み慣れると欲しくなると思っています」
「今は薩摩、大隅、肥後で少しずつ作っています」
「今年からは肥前でも始めます」
八郎は焼き芋を二つに割った。
黄色い中身から湯気が上がり、甘い香りが広がる。
「元になる芋も食べてみてください」
当主が一口食べる。
「甘いな」
「これに砂糖を入れたのか?」
「何も入れていません。焼いただけです」
「米の代わりになるとは申しませんが、米が取れない時でも、これがあれば飢えをしのげます」
「しかも焼酎にもなる」
「ですから、農民たちに植え方と保存方法を教えて回っています」
「四月からは、肥前五十万石の各地にも苗を入れます」
「もちろん、田畑の邪魔をしない程度からですけどね」
大友の当主は、もう一口焼き芋を食べた。
「これはやる価値がある」
「うちにも苗を回してくれぬか?」
「構いませんよ」
「兄様を一人、お貸しします」
「人まで貸すのか」
「苗だけ渡して枯らされたら、意味がありませんから」
続いて、八郎は砂糖と干し椎茸を指す。
「砂糖は高値で売れる品です」
「椎茸も干せば日持ちしますし、遠方へ運べます」
「今のところ、特産品として分かりやすいのは、芋焼酎、砂糖、干し椎茸ですね」
「欲しい品は、かなり明確になっておるな」
「ただし、特産品だけで領内全体を豊かにするのは難しいです」
八郎は各地の値を書き込んだ相場表を広げた。
「うちは、特産品を作る一方で、捨て値になっているものへ値をつけることを重視しています」
「捨て値のもの?」
「例えば、形の悪い魚や下魚です」
「うまい鯖や鯛を買おうとすれば、もともとの商人と取り合いになります」
「値段も上がりますし、既存の市を邪魔してしまいます」
「そこで、今までほとんど銭にならなかった魚を買います」
「マグロの赤身や筋の多いところでも、味噌でぐずぐずになるまで煮れば食べられます」
「売れ残った魚も、干すか煮込むかすれば飯になります」
八郎はさらに続ける。
「鶏も同じです」
「卵を産まなくなった親鳥は、肉が硬くて安くなります」
「でも味噌で長く煮込めば、味が出ます」
「そこへ卵を落として閉じれば、飯に合う一品になるんです」
「早く安く飯を食べたい人足や職人には、かなり好評です」
大友の重臣が腕を組んだ。
「普通なら捨てる品を買い、それを料理して売る」
「そうすれば、既存の商人とも争わずに済むのか」
「はい」
「農民や漁師から適正な値で品を買い、その代金を借金の帳面とつき合わせる」
「農民は銭を受け取らなくても、持ち込んだ品の分だけ借金が消えます」
「市では安い飯が増え、働く者も助かります」
「誰も欲しがらなかった品だから、既存の商いともぶつかりにくいんです」
大友の当主は、しばらく相場表を見つめた。
「これを大友領でもやればよい、と」
「八郎商会が直接やるのは、あまりよくありません」
八郎は首を振った。
「八郎商会が農民の借金を消せば、農民の感謝は大友様ではなく、私へ向いてしまいます」
「それは大友家としても面白くないでしょう?」
「正直に言えば、面白くないな」
当主は苦笑した。
「ですから、仕組みだけ覚えていただきます」
「大友家の商人、侍、寺社の方に勉強会へ来てもらう」
「何を買い、どう帳面へつけ、どのくらいの値段で飯にするかを試してもらう」
「失敗したら、また聞きに来てください」
「ずいぶん気軽に言うな」
「一度で全部できるものではありませんから」
八郎は大友領の地図を広げた。
「大友領が八十万石ほどなら、うちの三万五千石の束で考えて、二十数束です」
「一つの束に三十ほど市を置くなら、全部で六百を超えます」
重臣たちの顔が引きつった。
「六百……」
「急に壮大な話になったな」
「だから一度にやらなくていいんです」
「まず一つの町で、下魚か親鳥のどちらかを扱ってみる」
「うまくいけば、隣へ広げる」
「順繰りです」
大友の当主は感心したように息を吐いた。
「捨て値の品に値をつける」
「普通なら、その工夫一つだけで一財産を築けるであろうな」
「そうですね」
八郎は少し考え、真顔で付け加えた。
「私は一財産どころか、国を丸ごと取ってしまいましたけど」
一瞬の静寂の後、小広間に大きな笑い声が響いた。
「自分で言うか!」
「いやいや、すごいわ」
大友の当主は笑いながら、再び芋焼酎の杯を手に取った。
「品を作るだけではない」
「捨てられるものを拾い、働き口と飯と借金返済へつなげる」
「八郎殿の恐ろしさは、やはりそこにあるのやな」
「恐ろしいと言わず、便利と言ってください」
「それは無理じゃ」
再び笑いが起きる。
大友家が欲しがったのは、芋の苗や焼酎だけではなかった。
誰も欲しがらない品へ値をつけ、人と物と帳面を回す、八郎家そのものの仕組みであった。




