1535年4月1週目 八郎領内の御宴会と、九州を結ぶ縁。大友家との会談。
大友家の一行は、まず客人用に用意された大きな屋敷へ案内された。
長旅の汚れを落とし、衣服を整えた後、大友家の姫君たちが暮らす館にも立ち寄る。
「皆、元気そうやな」
大友の当主が声をかけると、姫君たちは揃って頭を下げた。
「はい。毎日、市を回ったり、帳面を見たりしております」
「思っていたより忙しそうやな」
「忙しいですけど、面白いですよ」
「飯もきちんと食うておるか?」
「八郎様のところで、食べすぎるくらい食べております」
娘たちの顔色がよいことを確認し、当主はひとまず安心した。
その後、一行は八郎の館へ向かった。
ところが門をくぐる前から、中はひどく賑やかであった。
広間には町人、農民、商人、職人、それに侍まで座り込み、いくつもの膳を囲んでいる。
料理が運ばれるたびに歓声が上がり、あちらこちらから笑い声が聞こえてきた。
大友の当主は思わず足を止めた。
「これは何じゃ?」
「何かの祭りか?」
「いえ。特別な催しではありませんよ」
迎えに出た八郎が答えた。
「普段からやっている御宴会です」
「御宴会?」
「一人五十文。二部制で、一回一刻半ほどです」
「館で作った飯を食べてもらいながら、町の人や侍、商人たちに交流してもらっています」
広間を見れば、侍と農民が魚の値段について話している。
別の席では商人と職人が、新しい店で何を売るか相談していた。
その横では、仕事とは何の関係もない昔話で盛り上がっている。
「領内の相談になることもあります」
「仕事が決まることもあります」
「何の役にも立たない話だけして帰ることもあります」
「でも、それでええんです」
八郎は笑った。
「普段話さない人同士が、顔と名前を知るための場所ですから」
大友の当主は、改めて広間を見回した。
「これほど多くの領民を、館の中へ入れるのか」
「私はもともと商家の出ですから、あまり抵抗がありません」
「館は偉い人だけが入る場所、という感覚が薄いんです」
一郎が苦笑する。
「八郎は昔からこうです」
「気づいた時には、農民が庭で飯を食うております」
「御宴会を二回開けば、数万文ほど入ります」
八郎は広間の奥を指した。
「ただし、その銭を館の儲けとして残すわけではありません」
「残りの五日は、この場所で領民の訓練をしています」
「農民や人足を集め、槍や弓、避難、荷運びの訓練をするんです」
「終わった後は浴場で汗を流してもらい、餅や飯を食べてもらいます」
「それから領内の帳面も見せます」
大友の重臣が眉を上げた。
「農民たちに、帳面を?」
「はい。収入も、支出も、借金もです」
「人足や税をお願いするなら、何に使っているのか知ってもらった方が納得して働いてもらえます」
「御宴会で集めた銭を、訓練の飯や浴場の薪代に回す」
「宴会で顔を知り、訓練で一緒に汗を流し、最後に帳面を見て領内の事情を知ってもらう」
「それを繰り返しているんです」
大友の当主は、しばらく何も言わず八郎を見つめた。
「やはり、お前は仕組みを作るのがうまいな」
「寺社市も同じじゃ」
「農民に銭がなくとも、品を持ち込めば借金が消える」
「現物を持って寺社市へ行けば、別の品と取り替えられる」
「一つ一つは単純じゃが、それを領内全体で回しておる」
当主は膳に並んだ料理へ視線を落とした。
「大友家は交易ではかなり儲けておる」
「博多、瀬戸内、畿内まで品を流すから、城や侍の借金はほとんどない」
「じゃが、その利益を農民一人一人の借金や暮らしにまでつなげてはおらぬ」
「そこまでは面倒を見切れていない、というのが正直なところじゃ」
「得意なところが違うんですよ」
八郎は静かに答えた。
「大友家には、瀬戸内や畿内まで続く交易の道があります」
「うちには、市と帳面を使って、領内の物を動かす仕組みがあります」
「二つを合わせられたら、どちらも今より豊かになります」
「そうじゃな」
当主は素直に頷いた。
「市と寺社市の仕組みは、ぜひ教えてほしい」
「そして、だからこそ大友家は八郎家と縁を結びたい」
「ここは駆け引きなしで申しておく」
八郎も深く頭を下げた。
「そう言っていただけるなら、こちらもできる限り協力します」
「大友家と正式に縁が結ばれれば、領内の者も安心して暮らせます」
「北や東から、いつ攻められるかと怯えずに済みますから」
そこで八郎は少し困ったように笑った。
「まあ、安心しすぎて警戒を怠るのも違いますけどね」
「世知辛いな」
大友の当主も笑う。
「弱ければ食われる。それが今の世じゃ」
「そんな中で、着々と領土を広げておる五歳児も、こちらからすれば十分に恐ろしいぞ」
「全部を自分の家へ集めるつもりはありませんよ」
八郎は姫君たちへ目を向けた。
「例えば、大友の姫君と兄様方が婚姻し、子供が生まれたなら、その子を大友家へ連れて帰って
育てていただく道もあります」
「大友家の血を引き、八郎家ともつながる者が向こうにいれば、両家の縁はより強くなります」
「逆に今、うちには島津本家や分家、龍造寺など、いろいろな家から姫君が来ております」
「兄様方との縁がまとまらなかった方には、私の養女になっていただく」
「その上で、大友家の有力者と婚姻していただくこともできます」
大友の当主が目を細めた。
「八郎家を仲立ちにして、島津と大友を結ぶこともできる、と」
「はい」
「婚姻だけではありません」
「交易、市、借金返済、人の行き来」
「そういうものを使って、九州全体を少しずつ結びたいと思っています」
「お前は、自分の家を九州の継ぎ目にするつもりか」
「できれば、そうしたいです」
八郎は頷いた。
「ただ、今のところ大友家は、まだその輪へ正式には入っていません」
「そして、大内家も入っていない」
「そこが問題です」
「大友は、今から入るかもしれぬ」
当主は笑った。
「大内は、そう簡単にはいかぬであろうがな」
「そこも含めて、じっくりお話ししたいです」
八郎が答えると、大友の当主は手を上げて話を止めた。
「まあ待て」
「わしらは一週間ほど、こちらに滞在するつもりじゃ」
「いきなり全部を決める必要もない」
当主は目の前の膳を指した。
「まずは飯を食おう」
「その後、市も寺社市も、帳面も訓練も見せてくれ」
「お前たちのやり方を自分の目で確かめた上で、どこまで一緒にできるか話そうやないか」
「分かりました」
八郎は笑顔で頷いた。
「では、じっくりいきましょう」
大友家と八郎家の会談は、重苦しい評定の間ではなく、町人や農民の笑い声が響く
御宴会の中で始まった。
九州を結ぶ縁は、豪華な贈り物よりも先に、五十文の飯と、人々の雑談によって少しずつ
形を取り始めていた。




