1535年4月1週目。 大友当主、八郎領を見る。市の賑わいと湯あみ、治安の良さ、寺社市。参考になる仕組みがいっぱい。どこまで引き出し、持ち帰れるか。
四月一週目。
当初の予定から少し日程がずれたものの、大友家の当主は護衛と家臣を率い、八郎領へ入った。
すでに八郎のもとに滞在していた二人の姫君も、領境近くまで父を迎えに来ている。
領内へ入って最初に目についたのは、街道沿いの市であった。
農民が野菜や薪、干した魚を並べ、商人が布や農具を売っている。荷車が行き交い、
飯屋の前では人夫たちが椀を抱えていた。
「よう銭が動いておるな」
大友当主は馬上から市を眺めた。
「ここは港町ではなかったはずだが」
「はい。普通の街道沿いの市でございます」
姫君の一人が答える。
「これで普通なのか?」
「八郎様は、まだ品数も交易も足りないとおっしゃっています」
「これだけ動いて、まだ足りぬと言うか」
大友当主は呆れたように笑った。
大友家の一行が来ると知らされていたため、市の者たちはいつも以上に礼儀正しかった。
農民も商人も道を譲り、頭を下げる。
だが、無理に並ばされている様子はない。大友一行が通り過ぎれば、すぐに値段の交渉や
荷運びへ戻っていく。
「皆、八郎を恐れておるようには見えぬな」
「はい。市へ行くのを楽しみにしている者も多いです」
「お前たちも楽しんでおるのか?」
「それはもう」
もう一人の姫君が嬉しそうに頷いた。
「帳面合わせをご覧になれば、もっと驚かれると思います」
「毎週、二千万文を超える利益が出ております」
「二千万文か」
「ただ、交易については、まだ改善の余地があると八郎様はおっしゃっています」
大友当主は顎へ手を当てた。
「なるほどな」
「豊後から瀬戸内へ道をつなぎ、さらに畿内まで荷を流せば、もっと増える」
「八郎も、その旨味は分かっておるということか」
「その先には博多もございます」
「やはり、そこまで見ておるか」
街道を進むほど、大友当主は八郎領の治安のよさに驚かされた。
女性や子供が普通に市を歩いている。
荷物を積んだ車を道端へ置き、飯を食べている商人もいた。
武装した侍が威圧しているわけでもないのに、大きな争いは起きていない。
昼を過ぎた頃、一行は街道沿いの休憩所へ立ち寄った。
その隣には、湯浴みのできる建物がいくつも並んでいる。
畑仕事を終えた農民や、荷を運んできた人夫たちが、次々と中へ入っていった。
「これは湯屋か?」
「はい」
「いくらで入れる?」
「小さな湯屋でしたら五文でございます」
「五文?」
大友当主が聞き返す。
「五文で湯へ入れるのか」
「広い湯屋は十文です」
「十文の方は足を伸ばして入れますよ」
休憩所の男が、自慢げに説明した。
「十文で、薪と水と人手を使って利益になるのか?」
「大きな儲けは出ていないそうです」
「八郎様は、赤字にならなければよいと」
「それでは、何のためにやっておる?」
「働く場所を増やすためです」
男は湯屋を指した。
「薪を運ぶ者、水をくむ者、湯を沸かす者、掃除する者がおります」
「五文や十文なら農民も人夫も気軽に入れますので、毎日のように人が来ます」
「一人から大きく取らず、何度も使ってもらうそうです」
「なるほど」
大友当主は、濡れた髪で笑いながら出てくる農民たちを眺めた。
「湯屋で儲けるより、湯屋の周りで人を働かせるのか」
その後、一行は寺社市にも立ち寄った。
そこでは農民が持ち込んだ米、野菜、縄、薪などを商人が直接買い取っている。
「銭を払うだけではございません」
姫君が説明する。
「農民に借金がある場合は、持ち込んだ品の値を帳面と突き合わせ、その分だけ借金を減らします」
「農民は品物で借金を返せるのです」
「寺や神社への支払いも、米や薪などの現物で構わないことになっています」
「では、銭を持たぬ農民でも市へ来られるのか」
「はい」
「物を持ってくれば、買い物もでき、借金も減らせます」
「そのため、銭が少ない者でも以前より暮らしやすくなっております」
大友当主はしばらく黙って、市の様子を見ていた。
品物を売った農民が、その場で借金の残りを確認する。
減った額を聞いて笑い、帰りに味噌や魚を買っていく。
その銭を受け取った商人は、また別の品を仕入れる。
「八郎は、仕組みを作るのがうまいな」
大友当主が感心したように言った。
「ただ施すだけではない」
「ただ儲けるだけでもない」
「仕事と商いと借金を、同じ帳面の中で回しておる」
「はい。八郎様は、銭がなくとも人と品が動けば、領内は豊かになると申しております」
「五歳の考えることではないな」
大友当主は苦笑した。
やがて一行は八郎の館へ到着した。
館の門前では、八郎と父母、兄たち、島津や龍造寺の姫君たちが並んで待っていた。
「遠いところ、ようお越しくださいました」
八郎が小さな身体で深く頭を下げる。
「まずは道中のお疲れをお取りください」
「その後、交易、同盟、婚姻についてお話ししましょう」
「うむ」
大友当主は八郎を見下ろした。
豊後へ持ち帰りたいものは多い。
市の仕組み、借金の減らし方、陸路と海路の交易、そして八郎家との縁。
「さて」
大友当主はわずかに笑った。
「どこまで引き出せるか、やな」
もっとも、目の前の五歳児もまた、大友家から何を引き出すか考えているに違いない。
互いの利益を探り合う、九州の先を決める会談が、いよいよ始まろうとしていた。




