1535年4月1週目。大友との会談の前に帳面合わせ。鳥獣駆除と大隅の侍の借金返済。
四月一週目。
大友家との会談を数日後に控え、八郎は本拠の大広間で帳面合わせを開いていた。
肥前から帰った兄たちも今回は参加している。
庄屋衆、商人衆、帳面係、各地の城代、侍大将、そして帳面の読み方を学んでいる姫君たちまで並び、
広間は人で埋まっていた。
「大友様に懐を見せる前に、まず自分たちで数字を把握しておきましょう」
八郎がそう言うと、帳面係が立ち上がる。
「各地の帳面を洗い直しました」
「四月一週目の利益は、二千四百三十一万文にございます」
広間から小さなどよめきが起こった。
「また増えたな」
三郎が感心したように言う。
「肥前の市が動き始めた分か?」
「それもあります」
八郎は頷いた。
「ですが、まだ立ち上げたばかりです。店も仕入れも十分ではありません」
「利益が増えたからといって、もう肥前が安定したと考えたら危ないですよ」
八郎は一枚の帳面を開いた。
「まず、四月から九月までの鳥獣駆除です」
「以前から決めていた通り、三万五千石の束ごとに、侍方へ二百万文分の仕事を出します」
「まだ侍方の借金が残っている地域については、報酬として一律二百万文ずつ借金から差し引きます」
侍大将たちが姿勢を正した。
「猪と鹿の駆除」
「田畑の見回り」
「街道と市の警備」
「それに日々の訓練です」
八郎は侍たちを見回した。
「借金を減らしたからといって、サボりはなしですよ」
「二百万文分は、きちんと働いてもらいます」
広間に笑いが広がったが、侍大将たちは深々と頭を下げた。
「承知いたしました」
「借金を減らしていただくだけでも、家中の者は大いに救われます」
「必ず働きでお返しいたします」
「お願いします」
八郎は次の帳面へ移った。
「それから今回は、大隅の五つの束について、もう一段進めます」
大隅の侍たちが顔を上げる。
「もともと侍方の借金は、一つの束につき八百万文ありました」
「今回の鳥獣駆除分を差し引けば、一つにつき残り六百万文です」
「それが五つですから、合計三千万文」
八郎は、あっさりと言った。
「この三千万文を、今回まとめて完済します」
大隅の侍たちは、すぐには意味を理解できなかった。
「……完済?」
「六百万文を、五か所すべてですか?」
「はい」
「三千万文を商人衆へ支払い、借用証文をすべて消します」
侍大将の一人が、呆然と八郎を見つめる。
「本当に、よろしいのでございますか」
「もちろん、ただで解放するわけではありませんよ」
八郎は笑った。
「今後は四国との交易を、もっと活発にしてもらいます」
「港の警備、荷物の護衛、街道の整備にも働いてください」
「大隅は四国へ向かう拠点として、これから重要になります」
「借金が消えたから終わりではありません。むしろ、身軽になった分だけ働いていただきます」
大隅の侍たちは、畳へ額がつくほど深く頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます」
「必ず、この御恩に報います」
八郎は少し間を置き、さらに続ける。
「まだ決まった話ではありませんが、将来、四国へ兵を出す可能性もあります」
広間の空気が引き締まった。
「大友や大内と比べれば、四国はまだ一つにまとまっていません」
「こちらから積極的に攻め込むつもりはありませんが、海の道を安定させるため、
一部へ兵を入れた方がよい状況になるかもしれません」
「その場合、大隅の皆さんには先兵をお願いすることもあります」
侍大将は迷わず頷いた。
「心得ました」
「今日より一層、鍛錬に励みます」
「急に戦を始めるわけではありませんよ」
八郎は念を押した。
「交易相手として仲良くできるなら、それが一番です」
「ただ、何が起きても動けるようにしておいてください」
続いて、商人衆が広域交易の帳面を開いた。
「現在の交易利益は、週四百五十万文ほどにございます」
「相場表も揃い始め、肥前の港も動き出しております」
「もう少し整えば、五百万文へ届く見込みです」
八郎は九州と四国の地図を広げた。
「大友様との会談で、豊後との陸路と海路を使わせてもらえるかもしれません」
「それが実現すれば、瀬戸内や四国へ荷を流しやすくなります」
「芋焼酎、魚、塩、琉球の品」
「逆に瀬戸内や畿内からは、布、道具、珍しい品が入ってくる」
「荷の往復を空にしなければ、交易利益はさらに伸びます」
「まずは週五百万文」
「その先に六百万、七百万文が見えてきます」
夏姫が帳面を見ながら尋ねた。
「大友家が、市の仕組みを取り入れたいと申された場合は、どうされるのですか?」
「教えますよ」
八郎は迷わず答えた。
「市の立ち上げ方、寺社市の使い方、農民から仕入れて借金を消す流れ」
「使えるものは持って帰ってもらえばいいです」
一郎が八郎を見る。
「また全部見せるんか」
「同盟相手になるかもしれない方ですから」
「こちらが口だけでないことも、見てもらわないといけません」
八郎は広間に集まった者たちへ向き直った。
「大友様が来られれば、市も侍の仕事も、帳面も見られるかもしれません」
「借金を減らしてもらった侍が働かず、市の者が雑な商いをしていたら、八郎家全体の信用を失います」
「ですから皆さん、気を引き締めてください」
「借金を消すのは、過去を助けるためだけではありません」
「次の仕事を任せられる人になってもらうためです」
「承知いたしました!」
広間に力強い声が響いた。
侍の借金を減らし、交易の道を広げ、その働きを次の収益へつなげる。
八郎にとって今回の三千万文は、単なる救済ではない。
四国と瀬戸内へ進むための、未来への投資であった。




