1535年3月4週目。政略婚と浮気は別の話。八郎の発言で三郎の立ち位置に突っ込みが入るwww
正室と側室候補の関係について、一通りの方針を決めた後。
広間の空気は、先ほどまでより幾分柔らかくなっていた。
しかし八郎は、まだ話が終わっていないという顔で兄たちを見回した。
「もう一つだけ、先に言っておきます」
「まだあるんか」
三郎が嫌そうな顔をする。
「今話したのは、あくまで家同士の縁です」
「龍造寺、大友、島津本家、分家。八郎家として必要な婚姻については、私も間に入ります」
「ですが兄様方が、町娘や侍女に手を出すところまでは、私は関知しません」
広間が一瞬、静まり返った。
「おい」
一郎が眉をひそめる。
「急に何の話や」
「将来の話です」
八郎は平然と答える。
「今は兄様方も姫様方も若いですから、仲良くやっておられます」
「でも二十年後、三十年後も、まったく同じ関係かは分かりません」
「その時、綺麗な町娘や侍女が現れて、兄様方がどうするかなんて、今の五歳児には分かりません」
「五歳児が二十年後の浮気を心配するな」
二郎が呆れたように言う。
「愛には、いろいろな形があるのでしょう?」
「私は全員の愛の形を把握できませんし、認める、認めないまで口を出すつもりもありません」
八郎は姫君たちへ顔を向ける。
「ですから、兄様方が勝手に手を出された場合、姫様方がどうなさるかも私は知りません」
「睨むなり、問い詰めるなり、心を折るなり、ご自由にどうぞ」
「怖いこと言うな!」
三郎が声を上げる。
「ただし殺されると仕事に差し支えます」
「身体を傷つけるのは困りますので、できれば精神的な範囲でお願いします」
「お願いする内容がおかしいやろ!」
兄たちは一斉に八郎へ突っ込んだが、正室の姫君たちは妙に納得した顔で頷いていた。
「八郎様のお許しもいただけましたね」
「肉体的には駄目だそうです」
「では精神的に、よくお話をすればよろしいのですね」
「その言い方が一番怖いねん」
一郎たちの顔が引きつる。
八郎はさらに続けた。
「もちろん、相手が有力者の娘で、どうしても八郎家と縁を結びたいという事情があるなら、
別途相談してください」
「その場合は婚姻です」
「私の認識では、家の事情が先、女性の魅力は後です」
「魅力が先で勝手に手を出したなら、私は兄様方を助けません」
「兄様方も男ですから、そういう気持ちもあるでしょう。それ自体は理解します」
「なんで五歳児が、そこまで大人みたいなこと言うねん」
四郎が頭を抱える。
「そもそも浮気を考えなければ、何も問題はないでしょう?」
八郎が姫君たちへ同意を求める。
「そうですよね?」
「はい。その通りです」
姫君たちの返事は見事に揃った。
「なんで八郎と姫様方が、急に同じ陣営になるんや」
三郎が不満そうに呟くと、龍造寺の姫君が彼をじっと見た。
「特に三郎様は、少し心配ですね」
「なんで俺や」
「市へ行くと、町娘の方々とすぐに仲良くお話しされるではありませんか」
「それは仕事や!」
三郎は慌てて否定した。
「商いをするのに、愛想よく話すんは当たり前やろ」
「険しい顔で飯を売れるか?」
別の姫君も首を傾げる。
「ですが、若い娘さんに声をかけられた時だけ、少し鼻の下が伸びているように見えます」
「伸びとらん!」
「笑顔も普段より柔らかいですよね」
「客に笑顔を見せるのも仕事や!」
「私たちの前では、ずいぶん緊張しておられますけれど」
「それは……」
三郎の言葉が止まる。
「ほら」
「何が、ほら、やねん」
「私たちには緊張して、町娘とは気楽にお話しできる」
「やはり軽いお付き合いの方がお好きなのでは?」
「違う違う」
三郎は両手を振った。
「姫様方には、家や婚姻や将来の話が全部付いてくるやろ」
「町娘との会話は、飯がうまいとか、魚が安いとか、そこで終わる」
「背負っとるもんが違うから、そら緊張もするわ」
夏姫が少し考えてから頷いた。
「それは、少し分かる気もします」
「やろ?」
三郎の表情が明るくなる。
「ですが、気楽だからといって、手を出してよい理由にはなりません」
「出さん言うとるやろ!」
広間に笑いが起きた。
八郎は満足そうに頷く。
「では、三郎兄様は町娘に愛想よくする時も、姫様方に見られているつもりでお願いします」
「そんなこと考えたら仕事できへんわ」
「なら、姫様方にも同じくらい愛想よくしてください」
姫君たちが一斉に三郎を見る。
「明日から、楽しみにしております」
「……八郎」
「はい?」
「お前、俺を助ける話をしてたんちゃうんか」
「浮気の疑いを晴らす機会を作ってあげたんですよ」
「余計追い込まれとるわ!」
再び笑い声が響く。
八郎家の婚姻は、領地と家を守るためのもの。
しかし、その外で誰を好み、誰とどのように付き合うかまでは、八郎にも決められない。
結局のところ、家の事情を越えた男女の問題は、本人同士で向き合うしかない。
そして三郎はその日から、市の町娘にも姫君たちにも、まったく同じ笑顔を向けるという、
妙に難しい仕事を課せられることになった。




