1535年3月4週目。家のための婚姻と、夫婦のための約束。八郎が兄様達と姫君を集めて話し合い。
翌朝。
朝餉を終えた八郎は、兄たちと姫君たちを大広間へ集めた。
一郎から七郎。すでに妻となった姫君たち。さらに島津本家、分家、龍造寺、
大友から来ている側室候補まで並ぶと、広間は人で埋まった。
「……なかなかの人数ですね」
八郎が見回す。
「大所帯になりました」
「お前がここまで広げたんやろ」
一郎がすぐに突っ込む。
「私だけの責任ではありませんよ。兄様方にも魅力があったということで」
「今はそういう慰め要らんねん」
兄たちは揃って疲れた顔をしていた。
「では、一郎兄様、二郎兄様、三郎兄様、四郎兄様の話から始めましょうか」
「皆さん、かなり困っておられるようでしたので」
その瞬間、正室の姫君たちが兄たちを見る。
「やはり困っておられたのですね」
「いえ、困っているというより……」
「何と申し上げれば角が立たないか悩んでいただけです」
なぜか兄たちは一斉に小さくなった。
八郎は軽く咳払いする。
「もう八郎家は、普通の商家や庄屋の家ではありません」
「薩摩、大隅、日向、肥後、肥前まで関わる家になりました」
「ですから、婚姻も本人同士だけの話では済まなくなっています」
八郎は龍造寺の姫君たちへ目を向けた。
「特に龍造寺家とは、できれば婚姻を結んでほしいです」
「家兼様から、旧家臣団と龍造寺の血筋を頼むと言われています」
「さらに大友家からも、同盟を結ぶなら姫君を二人迎えてほしいという話が来ています」
正室たちの表情が少し曇る。
「心苦しいのは分かります」
「ですが、ここは八郎家全体を守るための縁だと考えてください」
「兄様方を取られる、というだけの話ではありません」
千代姫が尋ねる。
「では、島津本家や分家から来られた方々は、どうなるのですか?」
「そこは無理に決めません」
八郎は即答した。
「兄様方と互いに好意があるなら、婚姻を進めればいいです」
「縁がなかったなら、私の家の養女となっていただき、各地の有力者と別の縁を結ぶ道もあります」
「場合によっては、大友家へ嫁ぐこともあり得ます」
「誰かに無理やり割り振るつもりはありません」
側室候補の姫君たちから、少し安堵した息が漏れた。
「五郎兄様、六郎兄様、七郎兄様も同じです」
「家のために縁は必要ですけど、生理的に無理な相手と無理に一緒になる必要はありません」
「兄様方も姫君方も、嫌ならきちんと言ってください」
五郎が恐る恐る尋ねる。
「では、一人の女性だけと添い遂げたいというのは?」
「難しいと思います」
「即答するなあ」
八郎は困った顔をした。
「兄様方が七人いるでしょう」
「それぞれ三人、四人の子供ができれば、二十人から三十人です」
「私は全員の名前と顔と得意なことを覚えられる気がしません」
「そこは覚えろよ」
三郎が突っ込む。
「努力はします。でも、大事なのは別のところです」
八郎は皆を見回した。
「私は、自分の子供へ八郎商会をそのまま継がせるつもりはありません」
「兄様方の子も、私の子も、全員が八郎商会の子供です」
「下働きから始めてもらいます」
「飯屋、市の立ち上げ、帳面、寺社市、農業、兵の訓練」
「一通り経験してもらいます」
「その中で各地を治める者、他家へ嫁ぐ者、商いを担う者を決めればいいです」
「一番できる者が、八郎商会の中心になればいいと思っています」
夏姫が静かに尋ねた。
「血筋ではなく、働きを見るのですね」
「はい」
「今は父上、母上、兄様方と私で家を支えています」
「でも、私たち全員がいつまでも生きて働けるわけではありません」
「だから子供を育て、次へつなぐことも立派な役目です」
八郎は正室の姫君たちへ頭を下げた。
「申し訳ありませんが、兄様方を完全に独り占めすることだけは、少し諦めてください」
兄たちが一斉に八郎を見る。
「そこまで言い切るんか」
「曖昧にすると、余計に揉めますから」
八郎は続ける。
「ただし、兄様方も、布団へ入りたいから別の姫様のところへ行くのではありません」
「もう家同士の縁、子供、領地の安定まで含んだ役目です」
「週に七日のうち二日、三日、別の姫様と食事をしたり、その館へ顔を出したりすることは、
仕事として受け入れてあげてください」
「正室をないがしろにしてよい、という意味ではありません」
「正室との時間も必ず作る」
「側室候補にも失礼な扱いをしない」
「誰と、いつ食事をするかも隠さない」
「その約束を決めましょう」
千代姫たちは顔を見合わせた。
「隠れて会われるよりは、その方がよいです」
「私たちが嫌なのは、知らない間に話が進むことです」
一郎が慌てて頷く。
「隠さん。絶対に隠さん」
「二人で飯を食う日も、ちゃんと作る」
二郎たちも続く。
「俺らも話す」
「八郎に全部任せへん」
八郎は満足そうに頷いた。
「それでお願いします」
「一人だけ我慢させて成り立つ家は、長く続きません」
「家の都合はあります。でも、個人の気持ちも無視しない」
「その間を皆で探しましょう」
広間の張り詰めていた空気が、少しずつ緩んでいく。
三郎が深く息を吐いた。
「これで、今夜は飯が喉を通りそうや」
姫君が笑顔で返す。
「では今夜、改めてゆっくりお話しいたしましょう」
「……まだ話すんか」
「逃げないというお約束ですよね?」
三郎は再び小さくなった。
八郎はその姿を見て笑う。
「まあ、安眠まではもう少しかかりそうですね」
「誰のせいやと思っとるんや!」
兄たちの声と姫君たちの笑い声が、大広間いっぱいに響いた。




