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1535年3月3週目。 佐賀城の息苦しい朝餉。八郎のいない空間で正室と側室候補に囲まれ兄様達が頭を抱える。

 三月三週目。

 大友家との書状のやり取りが進み、四月一週目に会談を開くことが決まった。

 八郎はすぐさま早馬を肥前の佐賀城へ走らせる。

 四月一週目、大友家との会談を行う。

 兄様方は残る二つの市の立ち上げを整え、次の週には本拠へ戻られたし。

 九州の先を決める話になる可能性がある以上、兄たちにも同席してもらう必要があった。

 一方、その書状が届く前の佐賀城では、八郎の知らない問題が起きていた。

 八郎が本拠へ帰ってから、朝餉の空気が妙にぎこちないのである。

「……八郎がおらんと、締まらんな」

 五郎が小声で漏らすと、六郎も静かに頷いた。

「締まらんというより、息苦しい」

 八郎がいた頃は、何か余計なことを言って兄たちに怒られ、姫君たちが笑う。

 それだけで場が動いていた。

 しかし、今はその八郎がいない。

 さらに、未婚の兄弟と既婚の兄弟では、食卓を取り巻く空気が明らかに違っていた。

 未婚組の周囲では、側室候補を名乗る姫君たちも、比較的気楽に話している。

 ところが一郎、二郎、三郎の席では、正式に妻となった姫君と、新たに側室候補として手を挙げた

 姫君とが並んで座っていた。

 皆、笑顔ではある。

 だが、その笑顔が少しも崩れないことが、男たちには何より恐ろしかった。

「一郎様」

「はい」

「最近、朝餉のお時間をずらしておられますね」

 千代姫が優しく尋ねる。

「いや、皆で食べると人数が多いやろ。たまには二人でゆっくり食べた方がええかなと思ってな」

「それは嬉しゅうございます」

 千代姫は微笑んだ。

「では、なぜ私がおりますのに、側室候補の方が必要なのでしょう?」

 一郎の箸が止まった。

「それは……家同士の縁もあるからな」

「お仕事ですか?」

「まあ、仕事の意味もある」

「お仕事で、よその姫君を抱かれるのですか?」

「いや、抱くところまではまだ……」

「まだ、なのですね」

「今のは言葉の綾や」

 隣では二郎も追い詰められていた。

「二郎様は、私に何かご不満がありますか?」

「ない。全くない」

「では、なぜ別の姫君とも仲良くされるのです?」

「市を回る仕事で一緒になるだけや」

「八郎様に命じられたからですか?」

「そういうところもある」

「八郎様に言われれば、何でもされるのですね」

「いや、何でもでは……」

 二郎も言葉を失った。

 三郎も似たようなものである。

「三郎様は、どなたを側室にされたいのですか?」

「まだ決めとらん」

「では、誰にも興味がないのですか?」

「そういう意味でもない」

「では、どういう意味です?」

「……とりあえず飯を食わせてくれ」

 三郎は味噌汁を一気にすすった。

 そんな日が数日続いた結果、一郎、二郎、三郎は人目につかない小部屋へ集まった。

「これは、あかん」

 一郎が真剣な顔で言う。

「飯が喉を通らへん」

 二郎も深く頷く。

「何を答えても間違いになる」

 三郎は額を押さえた。

「市の仕事をしとっても、朝の会話が頭から離れへん。仕事にも支障が出とるぞ」

「別に、今の嫁に不満なんか一つもないんや」

 一郎が声を落とす。

「俺もや」

 二郎も続ける。

「やけど、側室候補として姫君が来たら、邪険にもできん。本人たちも一生懸命働いとるし、

 家同士の話もある」

 三郎がため息をつく。

「最初は、皆で楽しくやったらええと思っとった。でも、八郎がおらんようになってから、

 ぎくしゃくしすぎや」

「八郎に相談するか?」

「文を出すんか?」

 一郎が顔をしかめた。

妻の機嫌が悪く、飯が喉を通りません。

側室候補をどのように扱えばよいでしょうか。

「こんな文、後で誰かに見られたら終わりやぞ」

「ほな、帰るまで耐えるか」

「あと一週間以上あるやろ」

「長いわ」

 三人は顔を見合わせた。

「仕事に逃げるか」

 三郎が提案する。

「朝から晩まで市へ出て、帰ったら疲れた言うて寝る」

「それ、余計に機嫌悪うなるやつちゃうか」

「……せやな」

 三人が揃って頭を抱えた、その時だった。

 廊下から複数の足音が近づいてくる。

 襖が静かに開き、正室の姫君たちと側室候補の姫君たちが、そろって姿を現した。

「旦那様方」

 千代姫がにこやかに尋ねる。

「三人だけで、何をお話しされているのですか?」

「いや、その……市の話や」

「どちらの市でしょう?」

「まだ決めてへん」

 姫君の一人が笑顔のまま、一歩前へ出る。

「私たちに何か言いたいことがおありなら、直接おっしゃればよろしいではありませんか」

「そうですよ」

「私どもも、きちんとお聞きします」

 全員が笑っている。

 しかし、その笑顔は張り付いたまま、少しも揺れなかった。

 男三人は揃って背筋を伸ばした。

「何もございません」

「皆様には大変よくしていただいております」

「今後とも、よろしくお願い申し上げます」

 なぜか三郎まで丁寧語になった。

「本当に?」

「はい」

「何も隠しておられませんね?」

「もちろんです」

 三人の返事が見事に重なった。

 そこへ、城の外から早馬の到着を告げる声が響く。

「八郎様より急ぎの書状にございます!」

 三人の顔が一斉に明るくなった。

「八郎からや!」

「四月一週目に会談!」

「次の週には帰ってこいと書いてあるぞ!」

 三郎は書状を握りしめ、安堵の息を吐いた。

「助かった……。あと少し耐えたら帰れる」

 すると背後から、千代姫の穏やかな声が聞こえた。

「帰りましたら、八郎様も交えて、ゆっくりこのお話をいたしましょうね」

「……はい」

 三人は再び小さくなった。

 龍造寺を攻めた野戦よりも、城を囲んだ攻城戦よりも難しいもの。

 それは、笑顔を崩さない姫君たちに囲まれながら、正室と側室候補の間を調整することであった。

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