1535年3月2週目。五歳児の八郎。薩摩川内に側室候補を連れて帰る。両親困惑、母上微妙な空気www
三月二週目。
長かった肥前での仕事を終え、数日かけて八郎は姫君たちとともに本拠へ戻った。
館へ入ると、父と母がそろって八郎を迎えた。
「ただいま戻りました。」
「お帰り。」
母は八郎の顔や手足を確かめるように見回した。
「長かったなあ。」
「戦や言うから、ずっと心配しとったんやで。」
「でも、無事に龍造寺も有馬も松浦も収まったんやろ。」
「はい。」
「大きな怪我もなく、肥前の市も十四の玉のうち十二まで立ち上がりました。」
父は深く頷いた。
「うまくいってよかったな。」
「よう頑張った。」
「ありがとうございます。」
八郎が素直に頭を下げる。
そこまでは、穏やかな帰宅の挨拶だった。
しかし母は、八郎の後ろに並ぶ夏姫、大友、島津分家、龍造寺の姫君たちを見つめた。
「……ところで。」
「なんで姫様方まで一緒についてきとるん?」
「私の側室候補です。」
八郎が何でもないことのように答える。
母の顔が、露骨に曇った。
「五歳児が、なんでそんな派手な遊びしとんの。」
「派手な遊びではありません。」
「一緒に仕事をしてもらったり、市を回ったり、帳面を見たり、ご飯を食べたりしています。」
「それを世間では派手な遊び言うんちゃうの。」
「違いますって。」
八郎は慌てて説明を始めた。
「龍造寺家兼様から、龍造寺の姫君と縁を結んで、家臣団を頼むと言われたんです。」
「負けた家としては、婚姻を結んでおかないと不安でしょう。」
「それで、側室候補になりたい方に手を挙げてもらったら、こうなりました。」
「なんで挙手制やねん。」
母は頭を抱えた。
夏姫が一歩前へ出て、丁寧に頭を下げる。
「私どもは、八郎様のもとで領地経営を学ばせていただいております。」
「帳面や相場、市の見方についても勉強中でございます。」
「八郎様のお力になれるよう、努めたいと思っております。」
八郎が嬉しそうに頷く。
「ほら。」
「ちゃんと帳面も見てくれるんですよ。」
「側室の説明で帳面を持ち出す男、初めて見たわ。」
母が呆れる。
父は巻き込まれまいと、黙って茶を飲んでいた。
「父上はどう思います?」
急に振られ、父は茶碗を置く。
「まあ……。」
「今の八郎には、領主としての立場もあるからな。」
「俺から言えるんは、それくらいや。」
「逃げたな。」
母が父を睨む。
「いや、下手なこと言うたら、俺が怒られるやろ。」
「もう怒っとるわ。」
姫君たちが笑いをこらえる中、八郎はさらに話を続けた。
「それと、今後は大友の御当主がこちらへ来られる可能性があります。」
「六月で停戦が切れますから。」
「停戦を延長するか、同盟に近い形にするか。」
「その話をすることになると思います。」
「また姫様増えるんちゃうやろな。」
母がすぐに聞く。
「可能性はあります。」
「今、九州は大友、八郎領、大内の三つが大きいですから。」
「大友と一緒に大内を九州から追い出す話が出るかもしれません。」
「逆に大内の姫君が来る可能性もあります。」
「どんだけ姫君増えんねん!」
「だから私も困ってるんです。」
「困っとる男の顔ちゃうやろ。」
八郎は首を傾げた。
「兄様方にも振り分けておりますので。」
「特に結婚していない兄様方には、よい機会かなと。」
「皆、腰が引けとるんやろ。」
「はい。」
「四郎兄様の婚姻で、布団の周りを鎧武者に囲まれた話が広まりまして。」
父が吹き出した。
「そら腰も引けるわ。」
「でも一郎兄様や二郎兄様以外は、私に感謝してもいいと思います。」
「出会いをたくさん作っているんですから。」
母は八郎の額を指で弾いた。
「兄弟を働かせすぎや。」
「給金はそれなりに出していますよ。」
「給金だけの話ちゃう。」
「人間には休みも要る。」
「安らぎも要る。」
「毎日仕事して、姫様方に囲まれて、気を遣って。」
「そんなん休まらへんやろ。」
八郎が何か答えようとした時、龍造寺の姫君が申し訳なさそうに頭を下げた。
「私ども、お邪魔でしたでしょうか。」
大友の姫君まで続く。
「ご迷惑になるのでしたら、別の館へ移ります。」
母は急に慌てた。
「いやいや!」
「そない真に受けんでええの!」
「姫様方に怒っとるんちゃう。」
「この子に言うとるんです。」
夏姫も小さく頭を下げる。
「八郎様を休ませられるよう、私たちも気をつけます。」
「帳面の時間を減らしたり、お昼寝をしていただいたり。」
「そういう話でもないんやけどなあ……。」
母はますます困った顔になる。
八郎は得意げに笑った。
「ほら、皆さん優しいでしょう。」
「私の側室候補として申し分ありません。」
「まだ試験は終わってへんからな。」
母がきっぱり言う。
「家を乱さんか。」
「兄嫁たちと仲良くできるか。」
「八郎を働かせすぎへんか。」
「そこは私がちゃんと見ます。」
「やっぱり母上の試験があるんですね。」
「当たり前や。」
姫君たちは姿勢を正し、一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
「そんな一斉に言わんといて。」
母は額を押さえた。
父は横で小さく笑い、八郎は満足そうに姫君たちを見回す。
肥前の戦よりも難しい、母による側室候補の審査。
八郎の帰国初日は、早くも新しい戦場のような騒がしさに包まれていた。




