表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
559/677

1535年3月1週目。側室候補たちの八郎分析。夏姫が他の側室候補とお茶会

 三月一週目。

 八郎が帳面係や兄たちとともに市の確認へ出ている間、佐賀城の一室では、

 側室候補を名乗る姫君たちがお茶会を開いていた。

 夏姫を中心に、島津分家、大友、龍造寺の姫君たちが、団子と茶を囲んで座っている。

 しばらく他愛のない話をしていた夏姫が、少し声を落とした。

「皆様に、正直にお聞きしたいことがあります。」

「八郎様のお仕事に、ついていけておりますか?」

 一瞬、誰も答えなかった。

 やがて夏姫が苦笑する。

「私は正直、食らいつくので精いっぱいです。」

「私もです。」

 龍造寺の姫君がすぐに頷いた。

「帳面の数字が大きすぎます。」

「四十万文なら、まだ何となく分かりますけれど、一億、五億と言われますと、

 もう何が多くて何が少ないのか……。」

 大友の姫君もため息をつく。

「港の相場表も難しいです。」

「肥前で安い物を薩摩へ運び、薩摩から琉球の品を持ってきて、帰りの船を空にしてはいけない。」

「理屈は分かりますが、それを全部覚えるのは大変です。」

「ですよね。」

 夏姫はほっとしたように笑った。

「私だけではなかったのですね。」

 島津分家の姫君が団子を手に取る。

「側室候補になるというのは、もっと八郎様のお世話をして、

 一緒に食事をして、というものだと思っておりました。」

「まさか帳面と相場表の勉強をさせられるとは。」

「一番の貧乏くじかもしれませんね。」

 夏姫が冗談めかして言うと、皆が笑った。

「その代わり、面白いものは見せていただけます。」

 龍造寺の姫君が微笑む。

「借用証文が破られる瞬間も、市が生まれる瞬間も、今まで見たことがありませんでした。」

「ええ。」

 夏姫も頷く。

「そこは、とてもありがたいです。」

 そして少し考え込む。

「ただ、八郎様を近くで見て、分かったこともあります。」

「どのようなことですか?」

「八郎様は、飽きやすいのではないでしょうか。」

 姫君たちが目を丸くする。

「飽きやすい?」

「正確には、同じことを何度も繰り返すより、新しい展開を好まれるのだと思います。」

「毎日扱っている出来事の規模が大きすぎるので、どうしても優先順位ができます。」

「市が動き始めれば次の市。」

「借金の利息が下がれば、次は港。」

「港が動けば、今度は芋。」

「八郎様の中では、次々に新しいことが始まっているのでしょう。」

 大友の姫君が頷いた。

「確かに、昨日まで大事だった話が、今日はもう誰かに任されていることがあります。」

「そうなんです。」

 夏姫は指を二本立てた。

「私たちが八郎様の中で優先順位を下げられないためには、二つ必要なのだと思います。」

「一つは、一緒にいて楽しいこと。」

「八郎様はまだ五歳ですから、お色気はあまり通じません。」

「ですから愛嬌や、安心できる雰囲気の方が大事です。」

「もう一つは実務能力です。」

「帳面を読める。」

「市で売れる物を見つける。」

「八郎様が思いつかなかった視点を出す。」

「『そんな考え方があったのですね』と思わせられること。」

 龍造寺の姫君が腕を組む。

「面白さか、役に立つこと。」

「そのどちらにも引っ掛からなければ、姫君として気は遣っていただけても、優先順位は下がると。」

「おそらく。」

 夏姫は慎重に頷いた。

「側室候補になる前と、この一週間を合わせて見れば、私はそう感じます。」

「よく見ておられますね。」

 突然、背後から声がした。

「きゃっ!」

 姫君たちが一斉に振り向く。

 襖の隙間から、八郎が顔をのぞかせていた。

「八郎様!」

「女同士の話を盗み聞きするなんて、ひどいですよ。」

「盗み聞きではありません。」

「戻ってきたら、私の名前が聞こえたので。」

「それを盗み聞きと言うのです。」

 夏姫が頬を膨らませる。

 八郎は苦笑しながら部屋へ入り、そのまま夏姫の膝の上へちょこんと座った。

「でも、よく分析されています。」

「確かに、その傾向はあると思います。」

「認めるんですか?」

「来る話の規模が大きすぎるんです。」

「全部を同じ濃さで見ていたら、私の頭が潰れます。」

「ですから、動き始めたものは兄様方や商人衆へ任せて、私は次を見ることになります。」

 夏姫は八郎の頭をそっと撫でた。

「では、私たちも忘れられないように頑張らないといけませんね。」

「忘れませんよ。」

「今はこうして甘えられますし、皆さんとも仲良くできます。」

「でも、私がもっと忙しくなったり、大人になったりすれば、本当に優先順位が

 できてしまうかもしれません。」

「そこまで読まれたら、私も少し考えないといけませんね。」

「考えなくても、今で十分精いっぱいではありませんか。」

 大友の姫君が笑う。

「私たちもです。」

「八郎様の仕事が大きすぎて、ついていくだけで精いっぱいなんです。」

「そうですよ。」

 龍造寺の姫君も頷いた。

「普通の姫なら一生かけても見ないようなことを、一週間で見せられています。」

 八郎は少し考えてから笑った。

「では、急がなくていいです。」

「肥前も、市も、皆さんとの関係も、すぐに全部うまくいくわけではありません。」

「少しずつ覚えて、少しずつ仲良くなりましょう。」

「私もまだ五歳児です。」

「長い目で見てください。」

 夏姫は膝の上の八郎を抱き直した。

「八郎様にそれを言われると、私たちの方が急いでいるように聞こえますね。」

「実際、急いでおられるのでは?」

「誰のせいですか。」

「さあ。」

 八郎が知らない顔をすると、姫君たちは一斉に笑った。

 学ぶことも、覚えることも、八郎の仕事についていくことも、容易ではない。

 それでも姫君たちは、その忙しささえも、今まで見たことのない世界へ入るための

 代価なのだと、少しずつ理解し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ