1535年3月1週目。八郎、疲れるwww。一旦やるべきことはやった。帰る前に、もう一巡り市を回って住民を安心させてやれと兄様達から助言を受ける。
三月一週目。
朝から帳面を眺めていた八郎は、筆を置くと、そのまま畳の上へ大の字になった。
「……疲れました。」
三郎が呆れたように笑う。
「お前、最近そればっかりやな。」
「疲れてばっかりですね。」
「自分で認めるんかい。」
八郎は起き上がることなく、天井を見ながら続けた。
「でも、私が肥前で直接やるべきことは、だいたいやりました。」
「龍造寺を降ろして、有馬と松浦も受け入れた。」
「農民さん方の利息も下げました。」
「港には相場表を作らせて、船便を回す準備も始めました。」
「市も十四の玉のうち八つまで動いています。」
一郎が頷く。
「次の四つも、もう立ち上げの途中やな。」
「はい。」
「その四つが開けば、十四のうち十二です。」
「そこまで行けば、肥前全体の流れはほぼできたと見てよいでしょう。」
八郎はようやく体を起こした。
「ですから私は、次の仮帳面合わせが終わったらすぐ帰るか、今から本拠へ帰って向こうで
帳面を見るか、その二つで迷ってます。」
「もう私がおらんでも、だいたい回りますから。」
四郎が腕を組む。
「いや、もう少しおった方がええやろ。」
「何かあります?」
「立ち上がった市を、一回ずつ見て回れ。」
五郎も頷いた。
「市が開いた言うても、まだ雑や。」
「店の並びも適当やし、商人も農民も、本当にこれでええんか不安そうにしとる。」
「八郎が顔を出して、『これでええ』『次はこうしよう』と言うだけで、安心する者も多い。」
三郎が笑う。
「それは俺らにはできへん仕事や。」
「八郎領になった言うても、皆まだ八郎の顔をほとんど見てへんからな。」
「なるほど。」
八郎は素直に頷いた。
「役割分担を理解していただいて、ありがとうございます。」
「何をよそよそしいこと言うとんねん。」
一郎が八郎の頭を軽く小突く。
「わしらは最初から、八郎の船に乗っとるんや。」
「領地が一万五千石でも、百五十万石でも、そこは変わらん。」
二郎も笑った。
「お前が前で考える。」
「俺らが後ろで形にする。」
「今さらやろ。」
八郎は少しだけ照れたように笑った。
「では、次の四つの市が動き始めるところまでは見ます。」
「その後、一度十二の市を順番に回って、商人衆や村の方々へ顔を見せます。」
「それが終わったら帰ります。」
「残り二つの立ち上げは、兄様方へ任せますね。」
「任せとけ。」
三郎が胸を叩く。
「八郎がおらんでも、市くらいは開けるところを見せたる。」
「市くらい、ですか。」
「借金帳を集めて、仕入れを決めて、釜を置いて、商人を並べて、警備を決めるだけやろ。」
「十分大変ですよ。」
「それでももう何回も見た。」
「さすがに覚えたわ。」
八郎は地図へ目を落とす。
「それと、肥前に残している八郎軍も、順番に全員帰します。」
「島津本家と分家の兵が五百ずつ残っていますし、龍造寺、有馬、松浦の旧家臣団も警備へ入ります。」
「もう八郎軍を一万人近く置いておく必要はありません。」
七郎が尋ねる。
「残党は大丈夫か?」
「小さな揉め事はあると思います。」
「でも大軍を置けば、兵糧も銭もかかります。」
「旧家臣団に治安を守らせた方が、土地にも早く馴染みます。」
「八郎軍には一度帰って、家族と飯を食べてもらいます。」
「それがええ。」
一郎が深く頷いた。
「長く戦場へ出とったからな。」
八郎は手元の帳面を開く。
「本拠では、すでに戦費の計算を始めてもらっています。」
「私が薩摩へ戻った次の週に、島津本家、分家、八郎軍を動かした費用を全部まとめます。」
「兵糧、武具、治療、遺族への支援、帰国費用。」
「仮に押さえていた数字を確定させて、そこで初めて本当の手持ちが分かります。」
三郎がため息をつく。
「帰っても帳面か。」
「帰った方が帳面です。」
「五歳児が言う台詞ちゃうな。」
「五歳児だから、早めに寝ますよ。」
「ほんまかいな。」
兄たちが笑う中、八郎はもう一枚の紙を取り出した。
「ほかにも、姫様方へ渡すお小遣い。」
「肥前五十万石へ広げる芋の苗、その仕入れと運搬の試算。」
「それも次の仮帳面合わせまでに出してもらっています。」
「もうそこまで指示しとるんか。」
「帰ってから考え始めたら遅いですから。」
四郎が感心したように笑う。
「流れが早くて助かるわ。」
「肥前に来た時は戦の話しかしてへんかったのに、もう芋と小遣いの計算まで行っとる。」
「戦が終わったら、暮らしを作らないといけませんから。」
八郎は立ち上がり、大きく伸びをした。
「では、帰る前にもう一仕事です。」
「十二の市を回って、『ちゃんと見ていますよ』と伝えてきます。」
三郎が笑いながら八郎の肩を叩く。
「それが終わったら、ほんまに休めよ。」
「善処します。」
「それ、休まんやつが言う言葉や。」
笑い声が響く中、帰国の日程は決まった。
八郎が肥前で最後にする仕事は、新しい命令を増やすことではない。
動き始めた市を自分の目で確かめ、そこに暮らす者たちへ、八郎領として見捨てないことを
伝えることであった。




