1535年3月1週目。大友家、決断の時。大友の姫から肥前が八郎の領地となった話と6月の停戦について聞いてきている旨の手紙をもらい協議。
三月一週目。
豊後・府内館。
春の気配が少しずつ漂い始めた頃、一頭の早馬が城門へ駆け込んできた。
「肥前より書状にございます!」
門番の声が響き、ほどなくして書状は大友当主のもとへ届けられた。
「ほう……姫からか。」
封を開き、静かに読み始める。
読み進めるにつれ、周囲の重臣たちも身を乗り出した。
「龍造寺を制圧した後、有馬・松浦も降伏し、肥前五十万石が八郎領となりました……。」
「やはり落ちたか。」
重臣の一人が低く呟く。
大友当主はそのまま続きを読む。
「現在は35,000石の十四の束の立ち上げを行っております。」
「市を開き、寺社市を整え、借金を減らし、港の相場表を作り始めました……。」
「相場表?」
別の家臣が首をかしげる。
「各港で何が高く、何が安いかを毎週まとめ、船便で利益を最大化する仕組みとのことです。」
「……。」
一同が黙り込む。
さらに読み進める。
「私ども側室候補も、相場表を覚え、帳簿を読めるよう勉強しております。」
「もし覚えなければ、八郎様が一緒のお布団で寝てくださらないそうです。」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「ははははは!」
「なんやそれ!」
「五歳児に振り回されとるやないか!」
大広間が笑いに包まれた。
当主も肩を震わせる。
「姫も大変やのう。」
「でも、楽しそうです。」
笑いが落ち着くと、空気は再び真剣なものへ変わった。
「……しかし。」
当主は書状を机へ置く。
「笑うとる場合でもない。」
「肥前五十万石。」
「これが加わった。」
重臣が地図を広げる。
「現在、八郎側は薩摩、大隅、日向、肥後、そして肥前。」
「実質百五十万石前後。」
「我らよりも、もはや一回りどころか、倍近い規模です。」
「……。」
部屋が静まり返る。
「戦うか。」
誰かが呟いた。
軍奉行がすぐ首を横へ振る。
「難しいでしょう。」
「攻めるなら日向。」
「あるいは肥前。」
「ですが。」
「農民の借金を次々に消している。」
「こちらが攻めても、農民が味方してくれるとは思えません。」
別の重臣も続ける。
「しかも守りが異様に固い。」
「八郎軍だけではない。」
「龍造寺対策で島津の兵で数か月もしごき続けた兵です。」
「龍造寺でも正面突破できなかった。」
「攻める利が薄い。」
当主も静かに頷いた。
「では守るか。」
「守る分にはできる。」
「だが勝てるとは言えん。」
「結局。」
「今は対等に近い。」
誰も異論を挟まなかった。
しばらく沈黙が流れる。
やがて当主が書状の最後を読み上げた。
「六月の停戦を延長したい。」
「争う気はあまりない。」
「交易もしたい。」
「視察にも来ていただいて構いません。」
「手の内も見せます。」
家臣が苦笑する。
「普通は隠すものですが。」
「そこが八郎らしい。」
別の重臣も頷く。
「隠さんでも真似できん自信があるのでしょう。」
「市も。」
「港も。」
「帳面も。」
「全部一つにつながっとる。」
当主は腕を組んだ。
「敵として見るには……。」
「惜しいな。」
誰かがぽつりと漏らした。
「味方にした方が得ですな。」
「わしもそう思う。」
当主はゆっくり立ち上がる。
「それにな。」
「姫たちも楽しそうや。」
「館の中だけで暮らすより、生き生きしとる。」
「それだけでも送り出した甲斐はあった。」
重臣たちも笑みを浮かべる。
「さて。」
当主は筆を取った。
「返書を書く。」
「まず停戦延長。」
「交易についても前向きに考える。」
「それから。」
一度筆を止める。
「姫をもう二人ほど送る話も、探ってみよう。」
家臣たちが顔を見合わせた。
「二人ですか。」
「もし本当に血縁を結ぶなら、一人では弱い。」
「二人ほど縁ができれば、大友と八郎は簡単には戦えん。」
「たとえ将来、勢力がさらに開いても。」
「血縁があれば、互いに剣を抜きにくくなる。」
軍奉行が頷く。
「理にかなっております。」
そして当主は、もう一つ筆を走らせた。
「それと。」
「大内との件も探ってみる。」
「博多をどうするか。」
「北九州をどう治めるか。」
「三者で争うより、話し合える道があるなら、その方が国も疲弊せん。」
筆を置く。
「まあ。」
「八郎も五歳。」
「まだまだ先は長い。」
「ならば今は、争うより育てる方が得策や。」
窓の外では春風が庭木を揺らしていた。
九州の勢力図は大きく塗り替わった。
だが、その中心にいる五歳の少年は、剣ではなく市と帳面で国を動かしている。
その事実を、大友家もまた、はっきりと認め始めていた。




