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1535年3月1週目。肥前でのつかの間の休息の日と大友への書状

 三月一週目。

 肥前各地を毎日のように駆け回っていた八郎は、朝食を終えるなり大きく伸びをした。

「……疲れました。」

 その一言に、兄弟も姫君たちも思わず笑ってしまう。

「おお、八郎が弱音を吐いた。」

 三郎が茶碗を置きながら笑う。

「たまにはええやろ。」

 八郎は肩を回しながら苦笑した。

「一日だけ、だらだら休ませてください。」

「今日は帳面もほどほどにします。」

「商人衆にも午後からにしてもらいます。」

「五歳児らしく昼寝でもします。」

「それが一番ええ。」

 一郎も笑いながら頷く。

「よう働いた。」

「誰も文句言わん。」

 こうして珍しく八郎は広間でゆっくりと茶を飲みながら、側室候補となった姫君たちを集めた。

「さて。」

「一週間ほど一緒に回ってみましたけど、どうでした?」

 夏姫が真っ先に手を挙げる。

「覚えることが多すぎます。」

 龍造寺の姫君も苦笑いする。

「やることも多すぎます。」

「市を作るだけでも大変なのに、借金、利息、帳面、港、相場……。」

「頭がいっぱいです。」

 八郎は真顔で頷いた。

「じゃあ側室やめます?」

 一瞬の沈黙。

「やめません!」

 姫君たち全員の声が揃い、広間が笑いに包まれた。

「即答やな。」

 五郎が吹き出す。

 夏姫も笑いながら続ける。

「疲れますけど、それ以上に面白いんです。」

「面白い?」

 八郎が首を傾げる。

「はい。」

「市がどうやって立ち上がるのか。」

「利息がどうやって下がるのか。」

「商人がどう動くのか。」

「港で何を考えているのか。」

「全部初めて見ました。」

 龍造寺の姫君も深く頷く。

「最初は五歳の子が館へ来て、お茶会を開いて、お兄様方を紹介してくれるだけの方だと

 思っていました。」

「でも違いました。」

「外へ出ると、全然違う。」

「皆さんが八郎様の一声で動く。」

「商人も。」

「農民も。」

「武士も。」

「その理由が、一週間で少しだけ分かりました。」

 島津分家の姫君も微笑む。

「全部理解したわけではありません。」

「でも……。」

「八郎様がなぜここまで大きくなったのか、その片鱗は見えました。」

「館の中だけでは見えないものが、外にはたくさんあります。」

「そうすると……。」

「八郎様が、すごく大きく見えるんです。」

 八郎は照れ臭そうに頭を掻いた。

「そうでしょう、そうでしょう。」

「……そこは素直に認めときます。」

 兄弟たちが笑う。

「珍しいな。」

「自分で言うた。」

「たまにはええでしょう。」

 八郎も笑い返した。

 その時、大友家の姫君へ視線を向ける。

「そうや。」

「お願いがあります。」

「はい。」

「お父様宛てに手紙を書いていただけますか。」

「もちろんです。」

 八郎はゆっくりと言葉を選んだ。

「今の私の状況を書いてください。」

「肥前を取ったこと。」

「今は十四の束の立て直しをしていること。」

「来週くらいには私は本拠へ戻る予定であること。」

「そして。」

「六月で停戦期限になります。」

「その話をそろそろ始めたいと。」

 大友の姫君は真剣な表情で筆を取る。

 八郎は続けた。

「うちとしては、争う気はあまりありません。」

「停戦を延長できるなら、それが一番ありがたいです。」

「できれば交易をしたい。」

「情報交換もしたい。」

「停戦というより、同盟に近い関係ですね。」

「ただ。」

「前みたいに千万文払って停戦してください、という話ではありません。」

 姫君が頷く。

「立場が変わりましたからね。」

「そうです。」

「肥前五十万石が増えました。」

「もうお金を払ってお願いする立場ではありません。」

「対等にお付き合いしたい。」

「そう書いてください。」

 姫君は嬉しそうに笑った。

「父も驚くでしょうね。」

 八郎も笑う。

「あと一つ。」

「もし興味がおありでしたら。」

「こちらへ来ていただいても構いません。」

「市も。」

「寺社市も。」

「商人も。」

「港も。」

「全部見ていただいて結構です。」

「え?」

 姫君が驚く。

「いいんですか?」

「そんな手の内を全部見せてしまって。」

 兄弟たちも一斉に八郎を見る。

 八郎は迷わず答えた。

「いいですよ。」

「仲良くしたい相手だからです。」

「隠して付き合うより。」

「全部見せて、それでも仲良くしてくれる方がいい。」

 夏姫が思わず笑った。

「普通は逆ですよ。」

「普通は隠します。」

「でしょうね。」

 八郎も笑う。

「でも私は商人ですから。」

「信用を買う方が儲かります。」

「手の内を見せても、それを真似するだけでは同じにはならない。」

「動かす人と仕組みが必要ですから。」

 龍造寺の姫君が感心したように頷く。

「だから怖くないんですね。」

「ええ。」

「むしろ見てもらった方が早い。」

「『こんなことをやっていたのか』と分かってもらえます。」

「そうした方が、お互い疑わなくて済みます。」

 大友の姫君は筆を止め、静かに微笑んだ。

「分かりました。」

「父には、そのままお伝えします。」

「『八郎様は、争うよりも、一緒に豊かになる道を選びたいそうです』と。」

 八郎は満足そうに頷いた。

「お願いします。」

「それが今、一番伝えたいことです。」

 広間には穏やかな空気が流れていた。

 戦で肥前を手に入れた五歳の領主は、次に目指すものを「勝利」ではなく、

 「信頼」と「交易」に置き始めていた。

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