1535年2月4週目。港を押さえる者が商いを押さえる。市の立ち上げが遅れている場所で利息下げ交渉を八郎が行う。
二月四週目。
肥前の空気も、戦の緊張から少しずつ商いの熱気へと変わり始めていた。
八郎は帳面係と商人衆を従え、まず港へ向かった。
港には漁師、船頭、荷役、商人たちが集められている。
「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます。」
五歳児の声に、港中が静まり返る。
「まず伝えます。」
「肥前は正式に八郎領となりました。」
「これからは肥後、薩摩、大隅、日向、この四か国と船便を常に行き来させます。」
商人たちが顔を見合わせる。
「今まではそれぞれの国で勝手に商いをしていました。」
「でも、これからは違います。」
八郎は港の地図を広げた。
「船をぐるぐる回してください。」
「荷を止めない。」
「魚も、塩も、木材も、陶器も、布も。」
「全部回します。」
商人の一人が手を挙げた。
「八郎様。」
「何を積めばよろしいので?」
八郎は即答する。
「それを調べるのが皆さんの仕事です。」
「各港で何が余っているか。」
「何が足りないか。」
「いくらで売られているか。」
「全部書き出してください。」
「相場表を作ります。」
帳面係が急いで筆を走らせる。
「相場表……ですか?」
「そうです。」
「薩摩では安い物でも、肥前では高い。」
「肥前で余る物が、大隅では足りない。」
「そういうことは山ほどあります。」
若い船頭が首を傾げた。
「それ、意味ありますか?」
八郎は笑った。
「あります。」
「安いところで買って、高いところで売る。」
「それだけです。」
「でも、それだけで毎週百万文くらい利益が変わると思います。」
港中がざわついた。
「百万文……。」
「そんなに違うんですか。」
「違います。」
「九州は広いんですよ。」
「今うちが見ているだけでも百五十万石あります。」
「海の幸一つ取っても、場所によって全然違います。」
八郎は海を指さした。
「それに、これから琉球との交易もあります。」
「薩摩は琉球に近い。」
「でも、その品を肥前まで持ってくるだけで利益になります。」
「逆に肥前の品を薩摩へ持って行っても利益になります。」
「荷の流し方一つで、商いは何倍にもなるんです。」
年配の商人が深く頭を下げた。
「なるほど……。」
「港を見るだけではなく、港同士を繋げるわけですな。」
「そういうことです。」
「止めないこと。」
「船を空で帰さないこと。」
「帰りにも何か積んで帰る。」
「それだけで儲かります。」
「承知しました!」
港中に力強い返事が響いた。
その様子を見ていた姫君たちは感心していた。
夏姫がぽつりと呟く。
「そこまで考えないといけないんですね。」
「考えないといけません。」
八郎は真顔で答えた。
「じゃないと……。」
一拍置く。
「お布団、一緒に入ってあげません。」
一瞬静まり返り、
「ええっ!?」
姫君たちが一斉に声を上げた。
夏姫は慌てて言う。
「じゃ、じゃあ私も勉強します!」
龍造寺の姫君も負けじと手を挙げる。
「私も!」
「相場表、覚えます!」
島津分家の姫君まで頷く。
「船便も覚えます!」
八郎は満足そうに頷いた。
「よろしい。」
「そういう人が好きです。」
三郎が横で吹き出した。
「また仕事で嫁を釣っとる。」
「違います。」
「共同経営者を探してるだけです。」
「余計あかんやろ。」
皆が笑った。
一行はそのまま庄屋衆の集会所へ向かった。
肥前中の有力商人がずらりと並んでいる。
八郎は壇上へ立った。
「現在。」
「十四の束のうち八つを立ち上げています。」
「そのうち四つはすでに市が動き始めました。」
「借金は、いずれ返します。」
「でも、その前に。」
「利息を下げます。」
農民たちがざわめく。
「そんな簡単に下がるかいな。」
「無理やろ。」
八郎は商人たちを見た。
「どうですか。」
商人たちは一斉に頭を下げた。
「下げます。」
農民たちが驚く。
「えっ?」
「ほんまか?」
代表の商人が前へ出た。
「理由は簡単です。」
「八郎商会と付き合う方が、圧倒的に儲かるからです。」
会場が静まり返る。
「今までは龍造寺だけ。」
「有馬だけ。」
「松浦だけ。」
「それぞれ単独の取引でした。」
「しかし今後は違います。」
「薩摩。」
「大隅。」
「日向。」
「肥後。」
「肥前。」
「全部繋がります。」
「さらに琉球との交易もあります。」
「そう考えれば。」
「今までの何倍もの商売になります。」
別の商人も続ける。
「この地域だけで利息を高く取って、小さく儲けるより。」
「八郎商会と組んで、大きく儲けた方が得なんです。」
「だから。」
「利息は下げます。」
農民たちは息を呑んだ。
「本当に……?」
帳面が広げられる。
商人が筆を走らせた。
「五割。」
「三割五分。」
「こちらは……。」
「二割五分へ。」
次々と書き換えられていく数字。
農民たちは目を疑った。
「下がっとる……。」
「ほんまに下がっとる……。」
老人が震える手で帳面を抱えた。
「生きとる間に、こんな日が来るとは思わんかった……。」
八郎は静かに頷く。
「まだ借金は残っています。」
「でも。」
「利息が下がれば、返せる未来が見えます。」
「そして市が全部回れば。」
「元本も消していきます。」
農民たちの間から、大きな拍手が起こった。
その音は集会所にも港にも響き渡り、新しい肥前の始まりを告げる鐘の音のように、
いつまでも鳴り止まなかった。




