1535年2月4週目。 朝食会議と側室候補。八郎は立ち上がっていない市の利息を下げに行く。兄たちは新たな市の立ち上げにいく
二月四週目。
数日が過ぎ、肥前各地では最初の四つの三万五千石の玉で、市と寺社市が動き始めていた。
朝。
佐賀城の大広間では、兄弟たちと姫君たちがずらりと並び、朝餉を囲んでいた。
焼き魚、味噌汁、漬物、炊き立ての飯。
そして芋焼酎はさすがに朝なので並ばない。
八郎は茶を飲みながら兄たちへ話しかけた。
「兄様方。」
「私は、肥前十四の束のうち、半分くらいがきちんと稼働し始めたら一度領地へ帰ろうと思います。」
「でも兄様方は、もう少し残ってください。」
一郎が頷く。
「まあ、その予定やな。」
「市が回り始めたからといって、すぐ放り出したら意味がない。」
二郎も続く。
「農民が安心して動けるようになるまで見届けんとな。」
「ありがとうございます。」
八郎が頭を下げると、五郎が箸を止めた。
「ところで八郎。」
「お前、側室候補を一緒に飯食わせるの、えらい自然にやっとるけど、どういうことや。」
八郎はきょとんとした顔をする。
「え?」
「兄様方も奥様を隣に座らせてるじゃないですか。」
「いやいや。」
三郎が笑う。
「正室と側室候補はまた話が違うやろ。」
「でも仲良くなるには、一緒にご飯食べた方が早いですよ。」
そう言って周囲を見る。
確かに館がまだ整っていないため、大所帯で食事を取るしかない。
自然と夏姫は八郎の隣。
龍造寺の姫君は少し離れて。
島津分家の姫君たちは、それぞれ一郎や二郎たちの近く。
空いている兄弟の周囲にも、側室候補を名乗った姫君たちが座っていた。
五郎がため息をつく。
「なんやこれは。」
「昔は男兄弟だけで飯食っとったのに。」
「なんか圧迫感がある。」
その瞬間。
龍造寺の姫君が肘で軽く五郎をつついた。
「そんなことありませんよ。」
「またご一緒しましょう。」
「ひゃっ!」
思わず変な声を出した五郎を見て、一同が吹き出した。
「面白いですね。」
夏姫が笑う。
「面白ないわ!」
「こっちは緊張しとるんや!」
五郎が真っ赤になる。
「八郎、お前なんでそんな平気なんや。」
八郎は平然として味噌汁を飲む。
「私、まだ子供ですから。」
「一夜一緒に過ごしても子供できませんし。」
一瞬、静まり返る。
次の瞬間。
「ぶっ!」
「ははははは!」
「意味分かっとるんか、お前!」
三郎が腹を抱えて笑う。
一郎も苦笑する。
「理屈は合っとるけど、朝飯で言う話ちゃう。」
夏姫も顔を赤くしながら笑っていた。
「八郎様らしいですね。」
八郎は首をかしげる。
「何か変なこと言いました?」
「変や。」
兄弟全員が声を揃えた。
笑いが落ち着いたところで、八郎は改めて話を戻した。
「とりあえず、側室候補の皆さんにはお願いがあります。」
全員の視線が集まる。
「夏姫。」
「はい。」
「皆さんが喧嘩したら、それで終わりです。」
「ですので、一応夏姫が中心になってまとめてください。」
夏姫は嬉しそうに頷いた。
「お任せください。」
「情報も共有して、皆さん仲良くいたします。」
「よろしくお願いします。」
龍造寺の姫君も笑顔で頭を下げる。
「私も協力いたします。」
八郎は帳面を取り出した。
「私は今日から、まだ市を立ち上げていない地区を回ります。」
「今回は市ではありません。」
「まず利息だけ下げる交渉をします。」
「借金そのものは後で消しますが、利息だけでも先に下げれば、その間に農民が楽になります。」
一郎が頷く。
「なるほど。」
「その間に俺らが次の四つを立ち上げる。」
「そういうことです。」
八郎は地図を広げた。
「今、四つは動き始めました。」
「次の四つを兄様方にお願いしたいです。」
「残りは、その横を見ながら少しずつ準備してください。」
二郎が指を折る。
「あと二週間ほどで全部立ち上げ。」
「そこから様子見。」
「そうやな。」
八郎も頷く。
「私は今週から来週半ばくらいまで利息を下げる交渉を続けます。」
「それが終われば、一度領地へ戻る予定です。」
「分かった。」
一郎が答える。
すると夏姫が手を挙げた。
「では私たちも情報交換をしないといけませんね。」
「そうですね。」
龍造寺の姫君も頷く。
「毎日話し合いをしましょう。」
五郎が首をかしげる。
「何の情報交換や。」
「皆さんと仲良くするためですよ。」
夏姫が当然のように答える。
「漏れがあったら困りますから。」
「いや、別に漏れててもええやろ。」
五郎が苦笑する。
「こっちはこっちで自由にやる。」
「自由にしたら、すぐ逃げるじゃないですか。」
龍造寺の姫君が言うと、一同がまた笑った。
「逃げへんわ!」
「いや、昨日も逃げてましたよ。」
「……。」
「図星ですね。」
また笑いが起きる。
三郎が湯飲みを置いた。
「まあでも、新しい土地を見て回るんは面白いわ。」
「毎日違う発見がある。」
夏姫も頷いた。
「私たちも知らないことばかりです。」
「借金が消える瞬間も、市ができる瞬間も。」
「全部初めて見ました。」
八郎は立ち上がり、帳面を抱えた。
「では行ってきます。」
「今日は利息を下げる交渉です。」
「まずは農民の息苦しさを少しでも減らしてきます。」
兄弟たちは軽く手を挙げる。
「気ぃ付けてな。」
「兄様方も、市の立ち上げお願いします。」
そう言い残すと、八郎は帳面係と商人衆を引き連れ、朝日が差し込む佐賀城を後にした。
肥前を変える戦いは、今度は剣ではなく、一枚一枚の借用証文と向き合う一日から始まるのだった。




