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1535年2月4週目 市の証文消しを終えた三郎達。八郎の元に戻ると八郎は領地全体の帳面合わせ中。残高一億二千九百三万文。ただ戦費や肥前の借金が把握途中。

 二月四週目。

 市から戻ってきた三郎、四郎、五郎、六郎、七郎と姫君たちが佐賀城の一室へ入ると、

 八郎は大勢の帳面係に囲まれていた。

 机の上には、肥前各地の帳面や商人から届いた請求書、兵糧の記録が山のように積まれている。

「八郎。」

 三郎が声をかける。

「市の方は、まあぼちぼちや。」

「三日分の仕入れで四十万文ほど証文も消してきたで。」

 八郎が帳面から顔を上げた。

「それはよかったです。」

「最初から大きく儲けなくても構いません。地元から仕入れて、本当に証文が消えると

 見せられたなら上出来です。」

 五郎は机の上を見回した。

「こっちはえらいことになっとるな。」

「二月四週目までの帳尻合わせです。」

 八郎は疲れた顔で答えた。

「肥前の市、寺社市、湯釜、湯浴み場、食材、人足代。それに戦に使った物まで

 全部分けないといけません。」

「誰か数字を読める姫様はいませんか?」

 姫君たちは顔を見合わせた。

「簡単な足し引きならできますが……。」

「これほど大きな帳面は、さすがに。」

「それでは困りますね。」

 八郎が真顔で言う。

「私の側室候補になりたいのでしたら、数字は読めた方がいいですよ。」

「なんで嫁になるのに勉強が必要なんですか。」

 龍造寺の姫君が苦笑した。

「必要ですよ。家を預かる者が、どれだけ米が入り、どれだけ銭が出ているか分からなかったら、

 家が潰れます。」

「五歳児が嫁候補に帳面の試験を出しとるで。」

 三郎が笑う。

 夏姫は八郎の横へ座り、帳面をのぞき込んだ。

「では、領地へ戻った時に勉強します。」

「八郎様と一緒に帳面を読めるようになりたいです。」

「本当ですか?」

「はい。」

「そういう仕事を一緒にしてくれる方は、私は好きになりますよ。」

 三郎がすぐに口を挟む。

「それ、女として好きやなくて、働き者として好きなんちゃうか。」

「好きの形も、後から変わるかもしれないでしょう。」

「五歳児の恋愛は難しいな。」

 兄たちが笑っていると、帳面係の一人が大きな帳簿を閉じた。

「八郎様。二月四週目までの仮集計が出ました。」

「いくらです?」

「現在の八郎商会の残高は、一億二千九百三万文です。」

 広間が静まり返った。

「一億二千九百三万文?」

 七郎が聞き返す。

「はい。」

 帳面係は説明を続ける。

「肥前にある三万五千石の束、十四か所。それぞれの市と寺社市を立ち上げ、湯釜を入れ、

 高級な湯浴み場を整備するための予定費用と、現在判明しているツケを差し引いた後の金額です。」

 三郎が目を丸くする。

「戦をしたのに、まだ一億以上あるんか。」

「だから、まだ仮集計なんです。」

 八郎はすぐに釘を刺した。

「戦費が確定していません。」

「島津本家と島津分家の兵、それに八郎軍を動かした費用です。」

「兵糧、人足、馬、武具の修理、矢、負傷した兵の手当、亡くなった方の家族への支援。それに、

 帰る兵の宴や帰国費用もあります。」

「まだ兵も肥前に残っていますから、戦費は現在進行形です。」

「全部集計するまで、今ある一億二千九百三万文を自由に使えると思ったら駄目です。」

 兄たちの表情が引き締まった。

 帳面係が別の報告を差し出す。

「一方で、ここ四、五週の商いによって、島津分家の城が抱えていた借金は完済いたしました。」

「本当ですか?」

 島津分家の姫君たちが声を上げた。

「ありがとうございます、八郎様。」

「父上たちも、どれほど喜ばれるか。」

「ただし、城の借金が消えただけです。」

 八郎は指を一本立てた。

「城の借金はまだ半分ほど残っています。」

「それでも嬉しいです。」

「城の借金が半分なくなるだけでも、大きな一歩ですから。」

 姫君は深く頭を下げた。

 八郎は肥前の地図を広げる。

「それに、肥前の借金があります。」

「三万五千石の束が十四か所。」

「一か所につき、城が二千万文、農民と商人が一千万文、武士が一千万文。」

「仮見積もりで四千万文です。」

 八郎は十四の束を順番に指した。

「四千万文が十四か所ですから、合計五億六千万文。」

 先ほどまで一億二千九百三万文という残高に驚いていた者たちが、今度は黙り込んだ。

 三郎が頭をかく。

「一億あっても、全然足らんな。」

「そういうことです。」

 八郎は頷いた。

「だから油断できません。」

「まず戦費を確定させる。」

「その上で市を回し、地元から仕入れ、毎週少しずつ証文を消す。」

「一気には無理ですが、止めなければ必ず減ります。」

 夏姫が帳面へ視線を落とした。

「一億という数字だけを見て、豊かになったと思ってはいけないのですね。」

「はい。」

「残高より、その先に何を払わなければならないかを見るんです。」

「数字を読める方がいいと言った意味が分かりましたか?」

「分かりました。」

 夏姫は筆を手に取る。

「側室候補として、今日から勉強いたします。」

「ほな、八郎。」

 三郎が笑う。

「間違えたら候補から落とすんか?」

「一回なら補習です。」

「三回間違えたら、私と一緒に夜まで帳面合わせです。」

「それ、罰ではなく褒美になる人もおるんちゃうか。」

 姫君たちが笑う中、八郎は再び帳面へ向き直った。

 残高、一億二千九百三万文。

 肥前の借金、五億六千万文。

 そして、まだ確定していない戦費。

 戦には勝った。

 だが肥前を本当に立て直す戦いは、帳面の上で始まったばかりであった。

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