1535年2月3週目。芋は腹も国も支える。一郎と二郎の芋行脚。芋焼酎を飲ませて芋の有用性を語る。
一郎と二郎は、肥前の村々を歩き回っていた。
市の立ち上げは三郎たちに任せ、自分たちは農業担当である。
春先を前に、畑を一枚一枚見て回り、農民たちと話をしていた。
「さて。」
一郎が地面にしゃがみ込み、畑を見渡す。
「ここは米には向かんな。」
「そうですな。」
次郎も土を握る。
「水もようけ引けへんし、毎年難儀しとる土地や。」
農民の一人が腕を組んだ。
「でも、一郎様。」
「市を作るんはわかるんですよ。」
「飯も売れるし、銭にもなる。」
「やけど……。」
「なんで芋なんです?」
「そこがよう分からん。」
周りの農民たちも頷く。
「そうそう。」
「米作った方がええんちゃいます?」
一郎は笑った。
「そこなんや。」
「みんな勘違いしとる。」
「芋はな。」
「米の邪魔せえへん。」
「……え?」
農民たちは顔を見合わせた。
「どういうことです?」
次郎が畑を指差した。
「この辺。」
「米植えるには向かんやろ?」
「水が足らん。」
「土も少し痩せとる。」
「せやけど芋は違う。」
「こういう土地でもよう育つ。」
「え?」
「ほんまですか?」
「ほんまや。」
一郎は頷いた。
「米を植える田んぼはそのまま使え。」
「芋は、今まで遊ばせとった土地に植える。」
「つまり。」
「収穫が増える。」
「米は減らへん。」
「……なるほど。」
村人たちが少し納得した顔になる。
一郎は続けた。
「それだけやない。」
「もし冷夏や日照りで米が不作になったらどうする?」
農民たちは黙る。
「飢えるしかありません。」
「せやろ。」
「でも芋があったら?」
「……。」
「腹は満たせます。」
「そうや。」
「畑が荒らされても。」
「戦で田んぼが駄目になっても。」
「芋なら植え直しが利く。」
「命を繋ぐ食いもんになる。」
村人たちの表情が変わる。
「なるほど……。」
「予備みたいなもんか。」
「そういうことや。」
二郎は荷車から徳利を取り出した。
「でも。」
「今日はもう一つ見せたいもんがある。」
「なんです?」
「酒や。」
「酒?」
農民たちがざわつく。
二郎は徳利から椀へ琥珀色の酒を注いだ。
「芋焼酎。」
「芋から作った酒や。」
一人の農民が恐る恐る飲む。
「ぐっ!」
「きっつ!」
周りが大笑いする。
「なんやこれ!」
「喉焼けるわ!」
一郎も笑う。
「せやろ。」
「きつい。」
「でも。」
「匂い嗅いでみ。」
農民は改めて香りを確かめた。
「あれ?」
「なんか甘い匂いする。」
「そうや。」
「芋の香りや。」
二郎は井戸水を椀へ注いだ。
「ほんで。」
「水で割る。」
「もう一回飲んでみ。」
農民は半信半疑で口へ運ぶ。
「……。」
「……。」
「お。」
「おお?」
「これは……。」
「ええやん!」
次々に飲み始める。
「うまい!」
「まろやかや!」
「これは飲める!」
一郎が笑った。
「冬場にな。」
「お湯で割ったらもっとええ。」
「体がぽかぽか温まる。」
「酒好きにはたまらん。」
「ほんまや!」
「これええ酒や!」
「しかも。」
一郎は徳利を掲げる。
「今、ほとんど他所では作っとらん。」
「つまり。」
「高く売れる。」
農民たちは目を丸くする。
「銭になるんか?」
「なる。」
「贈答用でも売れる。」
「町でも売れる。」
「商人にも売れる。」
「腹も膨れる。」
「酒にもなる。」
「銭にもなる。」
「三拍子揃っとる。」
「おお……。」
「そらええな。」
二郎は笑った。
「せやから八郎商会が勧めとる。」
「騙された思うて、一回やってみ。」
「どうせ今まで何も植えへんかった土地やろ?」
農民たちは顔を見合わせる。
「まあ……。」
「そうやな。」
「草ぼうぼうや。」
「遊ばせとる。」
「そこ使うだけや。」
「米の邪魔せえへん。」
「失うもんは少ない。」
「なるほどな。」
一郎は土を踏みしめた。
「もちろん。」
「土地は見る。」
「向く土地、向かん土地はある。」
「そこはわしら庄屋の長男と次男や。」
「ちゃんと見る。」
「適当に植えろとは言わん。」
「その辺は安心してください。」
農民たちも笑う。
「そこまで言うなら。」
「乗ってみるか。」
「領主も変わったことやしな。」
「一回信じてみようや。」
次郎は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。」
「四月に植えたら、九月には収穫や。」
「食べてもええ。」
「種芋を残して増やしてもええ。」
「焼酎にしてもええ。」
「また来年はもっと増える。」
一人の年配の農民がぽつりと言った。
「そういや……。」
「肥前じゃ米焼酎はある。」
「でも、あれは米をようけ使う。」
「そうなんや。」
一郎が頷く。
「米を酒に回したら、その分食い扶持が減る。」
「せやけど芋焼酎は違う。」
「食い口を減らさん。」
「それで酒まで作れる。」
「これは国を豊かにする酒なんや。」
農民たちは何度も頷きながら、残った芋焼酎を少しずつ味わっていた。
「なるほど。」
「八郎商会は、やっぱり考えることが違うな。」
一郎とニ郎は顔を見合わせ、小さく笑った。
「これでええ。」
「一歩ずつ。」
「肥前も、きっと豊かになる。」




