表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
550/646

1535年2月3週目。芋は腹も国も支える。一郎と二郎の芋行脚。芋焼酎を飲ませて芋の有用性を語る。

 一郎と二郎は、肥前の村々を歩き回っていた。

 市の立ち上げは三郎たちに任せ、自分たちは農業担当である。

 春先を前に、畑を一枚一枚見て回り、農民たちと話をしていた。

「さて。」

 一郎が地面にしゃがみ込み、畑を見渡す。

「ここは米には向かんな。」

「そうですな。」

 次郎も土を握る。

「水もようけ引けへんし、毎年難儀しとる土地や。」

 農民の一人が腕を組んだ。

「でも、一郎様。」

「市を作るんはわかるんですよ。」

「飯も売れるし、銭にもなる。」

「やけど……。」

「なんで芋なんです?」

「そこがよう分からん。」

 周りの農民たちも頷く。

「そうそう。」

「米作った方がええんちゃいます?」

 一郎は笑った。

「そこなんや。」

「みんな勘違いしとる。」

「芋はな。」

「米の邪魔せえへん。」

「……え?」

 農民たちは顔を見合わせた。

「どういうことです?」

 次郎が畑を指差した。

「この辺。」

「米植えるには向かんやろ?」

「水が足らん。」

「土も少し痩せとる。」

「せやけど芋は違う。」

「こういう土地でもよう育つ。」

「え?」

「ほんまですか?」

「ほんまや。」

 一郎は頷いた。

「米を植える田んぼはそのまま使え。」

「芋は、今まで遊ばせとった土地に植える。」

「つまり。」

「収穫が増える。」

「米は減らへん。」

「……なるほど。」

 村人たちが少し納得した顔になる。

 一郎は続けた。

「それだけやない。」

「もし冷夏や日照りで米が不作になったらどうする?」

 農民たちは黙る。

「飢えるしかありません。」

「せやろ。」

「でも芋があったら?」

「……。」

「腹は満たせます。」

「そうや。」

「畑が荒らされても。」

「戦で田んぼが駄目になっても。」

「芋なら植え直しが利く。」

「命を繋ぐ食いもんになる。」

 村人たちの表情が変わる。

「なるほど……。」

「予備みたいなもんか。」

「そういうことや。」

 二郎は荷車から徳利を取り出した。

「でも。」

「今日はもう一つ見せたいもんがある。」

「なんです?」

「酒や。」

「酒?」

 農民たちがざわつく。

 二郎は徳利から椀へ琥珀色の酒を注いだ。

「芋焼酎。」

「芋から作った酒や。」

 一人の農民が恐る恐る飲む。

「ぐっ!」

「きっつ!」

 周りが大笑いする。

「なんやこれ!」

「喉焼けるわ!」

 一郎も笑う。

「せやろ。」

「きつい。」

「でも。」

「匂い嗅いでみ。」

 農民は改めて香りを確かめた。

「あれ?」

「なんか甘い匂いする。」

「そうや。」

「芋の香りや。」

 二郎は井戸水を椀へ注いだ。

「ほんで。」

「水で割る。」

「もう一回飲んでみ。」

 農民は半信半疑で口へ運ぶ。

「……。」

「……。」

「お。」

「おお?」

「これは……。」

「ええやん!」

 次々に飲み始める。

「うまい!」

「まろやかや!」

「これは飲める!」

 一郎が笑った。

「冬場にな。」

「お湯で割ったらもっとええ。」

「体がぽかぽか温まる。」

「酒好きにはたまらん。」

「ほんまや!」

「これええ酒や!」

「しかも。」

 一郎は徳利を掲げる。

「今、ほとんど他所では作っとらん。」

「つまり。」

「高く売れる。」

 農民たちは目を丸くする。

「銭になるんか?」

「なる。」

「贈答用でも売れる。」

「町でも売れる。」

「商人にも売れる。」

「腹も膨れる。」

「酒にもなる。」

「銭にもなる。」

「三拍子揃っとる。」

「おお……。」

「そらええな。」

 二郎は笑った。

「せやから八郎商会が勧めとる。」

「騙された思うて、一回やってみ。」

「どうせ今まで何も植えへんかった土地やろ?」

 農民たちは顔を見合わせる。

「まあ……。」

「そうやな。」

「草ぼうぼうや。」

「遊ばせとる。」

「そこ使うだけや。」

「米の邪魔せえへん。」

「失うもんは少ない。」

「なるほどな。」

 一郎は土を踏みしめた。

「もちろん。」

「土地は見る。」

「向く土地、向かん土地はある。」

「そこはわしら庄屋の長男と次男や。」

「ちゃんと見る。」

「適当に植えろとは言わん。」

「その辺は安心してください。」

 農民たちも笑う。

「そこまで言うなら。」

「乗ってみるか。」

「領主も変わったことやしな。」

「一回信じてみようや。」

 次郎は嬉しそうに頷いた。

「ありがとう。」

「四月に植えたら、九月には収穫や。」

「食べてもええ。」

「種芋を残して増やしてもええ。」

「焼酎にしてもええ。」

「また来年はもっと増える。」

 一人の年配の農民がぽつりと言った。

「そういや……。」

「肥前じゃ米焼酎はある。」

「でも、あれは米をようけ使う。」

「そうなんや。」

 一郎が頷く。

「米を酒に回したら、その分食い扶持が減る。」

「せやけど芋焼酎は違う。」

「食い口を減らさん。」

「それで酒まで作れる。」

「これは国を豊かにする酒なんや。」

 農民たちは何度も頷きながら、残った芋焼酎を少しずつ味わっていた。

「なるほど。」

「八郎商会は、やっぱり考えることが違うな。」

 一郎とニ郎は顔を見合わせ、小さく笑った。

「これでええ。」

「一歩ずつ。」

「肥前も、きっと豊かになる。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ