表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
549/649

1535年2月3週目。まずは三日、信じてみてや。龍造寺の領地での市と寺社市の立ち上げに奔走する。

 肥前が八郎領となって数日。

 佐賀寄りの三万五千石二束では、三郎から七郎、そして姫君たちまで総出で、

 市と寺社市の立ち上げに走り回っていた。

 とはいえ、そう簡単にはいかない。

「いやあ……。」

 三郎が頭をかく。

「やっぱり最初は難しいな。」

「八郎はようこんなん毎回やっとるわ。」

 四郎も苦笑する。

「店はできても、人が集まるまで時間かかるしな。」

 五郎も帳面を見ながら頷いた。

「まあ、兄弟みんな分かっとることや。」

「姫様方も見とるやろ。」

 春姫や夏姫、龍造寺家の姫君たちも頷く。

「ええ。」

「最初から全部うまく回るとは思っておりません。」

「一週間回せば借用証文が消える瞬間を見せられるんですよね?」

 三郎が笑った。

「そうそう。」

「そこからや。」

「一回見てもらえたら、後は早い。」

 そんな話をしていると、市へ村人たちが集まってくる。

「なんや?」

「姫様まで来とるんか。」

「あれ……。」

 一人の老婆が目を丸くした。

「龍造寺の姫様ちゃうんか?」

 龍造寺の姫は静かに頭を下げた。

「はい。」

「この度は、ご迷惑をお掛けしました。」

「これからは八郎様のもとで学び、肥前を良くするため働かせていただきます。」

 老婆は腕を組む。

「ふん。」

「あんたらには苦しめられたからな。」

「そう思われても仕方ありません。」

 姫は素直に頷いた。

「ですが、家臣団はこれまで肥前を知る者が中心となります。」

「私たちは八郎商会のやり方を学び、一緒に立て直していきます。」

「え?」

「結局、変わらんのか?」

 三郎が笑って割って入る。

「変わらんのやない。」

「人が足らんねん。」

「八郎商会だけで肥前全部なんか回せへん。」

「だから教える。」

「覚えてもらう。」

「それだけや。」

 老婆は鼻を鳴らした。

「どうせ借金なんか消えへんのやろ。」

 三郎は肩をすくめる。

「そう思うなら。」

「三日だけ待ってみ。」

「三日経っても何も変わらんかったら、好きなだけ文句言うてええ。」

「ほれ、この前も米を三倍で買うたやろ?」

「騙された思うて、もう一回だけ信用してみ。」

 老婆はむっとした顔をしたまま黙る。

 三郎は店番に声をかけた。

「おーい。」

「団子一本。」

「あと、お茶。」

「はいよ!」

 焼きたての団子と湯気の立つ茶碗が運ばれる。

「ばあちゃん。」

「食うてみ。」

「ちょっとは機嫌直し。」

 老婆は団子を受け取り、一口。

 もぐもぐ。

 もう一口。

「……。」

「どうや?」

「……。」

「まあ。」

「三日待っても借金は減らへんわな。」

「そうや。」

 三郎が笑う。

「ええやん。」

「とりあえずお茶もう一杯。」

 店の者が慌てて注ぐ。

 周囲から笑いが起こった。

「ばあちゃん!」

「怒っとるんか、満足しとるんか、どっちや!」

 老婆は団子を食べながら笑う。

「両方や!」

「ばばあは忙しいねん!」

 市場中がどっと笑いに包まれた。

 険しかった空気が、少しだけ柔らかくなる。

 こういう積み重ねが、一番効く。

 その後も兄弟たちは走り回った。

 三十ある市を全部一週間で整えるなど到底無理。

 それでも優先順位を決め、二束の中心となる場所から順番に整えていく。

 最後の二日。

 ようやく主要な市では地元から米や野菜、魚を仕入れられるようになった。

 三郎が帳面を閉じる。

「まあ、こんなもんや。」

「十分やろ。」

 六郎も頷く。

「最初から全部なんか無理や。」

「漏れがあって当たり前。」

「利益?」

 三郎は笑う。

「最初はゼロでもええ。」

「まず飯食うてもらう。」

「うまい言うてもらう。」

「まずい言われへんかったら合格や。」

 五郎が笑う。

「まずい言わせる気もないけどな。」

「そうそう。」

「捨ててた魚も野菜も料理したら立派な飯になる。」

「それを知ってもらうんが仕事や。」

 四郎が空を見上げた。

「ここからやな。」

「ここからが俺ら兄弟の見せどころや。」

 三郎も頷く。

「八郎は金集める天才や。」

「でも、人と話して笑わせるんは俺らの仕事や。」

 姫君たちも微笑む。

「兄様方、すごく頼もしいです。」

「いやあ。」

「そう言われると照れるな。」

 一方その頃――。

 一郎とニ郎は、市ではなく畑を歩いていた。

 荷車には、薩摩から持ってきた芋が山積みになっている。

 一郎が農民へ声をかけた。

「今日は、この芋を食うてもらう。」

「芋?」

「見たことないな。」

「薩摩や肥後で植えている芋や。」

「腹持ちええし、痩せた土地でも育つ。」

 次郎は焼き芋を割って見せる。

 湯気が立ち、甘い香りが辺りへ広がる。

「ほれ。」

「食うてみ。」

 恐る恐る口にした農民の目が丸くなった。

「……甘い。」

「なんやこれ。」

「うまい。」

 子どもが思わず叫ぶ。

「もう一個!」

 一郎と次郎は顔を見合わせて笑った。

「これや。」

「まず食うてもらう。」

「うまいと思うてもらう。」

「そしたら畑を貸してくれる。」

「農業は急がん。」

「一歩ずつや。」

 焼き芋を頬張る農民たちの笑顔を見ながら、一郎は静かに空を見上げた。

「肥前でも、きっと育つ。」

「今年の秋には、この芋がこの国を支えるかもしれんな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ